肺の線維化と癌化

貫和敏博*1

はじめに

肺という臓器は空気中より酸素ガスを取り込み、体内で食物が酸化され産生された二酸化炭素(炭酸ガス)を放出するという、生命維持にきわめて重要な機能をもっている。これは肺への空気の取込みと呼出という「換気」機能と、この換気にあわせて、血液中へのガスの取込み、血液中からの炭酸ガスの放出に最適の血流を調節する「換気・血流の制御」機能によって維持されている1)。取り込まれた酸素は末梢組織へ運ばれ、細胞において食物より取り込まれた炭素を燃焼してエネルギー(ATP: アデノシン3リン酸)を獲得し、個々の細胞は生命を維持している。肺という臓器はしたがって、末梢の各臓器の細胞におけるエネルギーの獲得(広義の呼吸)のために、個体として外気より酸素を取り込む(狭義の呼吸)窓口になっていると理解される。

肺に病気が起こると、息苦しくなるということは、この酸素の取込みや、二酸化炭素の排出の機構に異常が生じていることを意味している。ここで取り上げる肺の線維化は、この換気・血流のシステムにいかなる影響を及ぼすことになるのだろうか。肺は本来ならば、気相と液相が最適条件でガス交換がなされるべく、制御のしやすい柔らかいマシュマロの様な臓器である。ところが、肺の線維化過程においては、間質や肺胞の炎症性細胞を中心とする浸潤変化とともに、線維芽細胞を中心とする細胞増殖、線維素の分泌・沈着などにより、肺の組織が硬くなる。これは怪我のあとの皮膚の組織が一時盛り上がり、硬くなるのと類似の現象である。皮膚の傷は多くの場合跡形もなく消えるが、ときにひど い炎症のあとは、ケロイド状になる。肺の線維化においては、いまだにはっきりしない慢性の刺激による、持続的な傷害が加わり、あたかもケロイドのように元の肺には戻らず、肺に各種線維素量が増え、硬くなるとも考えられる。こうした肺は本来の健常最適条件の換気・血流機構のもとにあるガス交換の効率を著しく損ね、患者も臨床的には息苦しさを感じ、医者を訪れることになる。

さらに複雑なことは、こうした線維化肺の患者、ことに特発性間質性肺炎(間質性肺炎とは線維化肺あるいは肺線維症とほぼ同義語と理解していただいてもかまわない。特発性とは原因が特定できないという意味である。)においては、喫煙習慣と相まって高率に癌が発生する。すなわち、こうした線維化肺に肺癌が発生することは臨床的には周知の事実であるが、その理由はまだ明らかにされていない。喫煙科学研究財団の研究グループは、こうした肺の線維化、およびそれに伴う高率の癌化を、臨床疫学的に、また動物実験レベルで、さらには患者肺より臨床的に回収した細胞を用いて解析することを目的とし、研究およびグループ討論がなされた。

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肺の線維化の基礎と臨床

1)線維化肺認識の歴史と臨床

線維化肺の報告は19世紀の記載に始る2)。しかしそれは、肝硬変など病理学的に注目された線維化過程とは異なり、むしろ感染症が肺の重要な病態であった今世紀前半までにおいては、必ずしも注目される重要な研究の対象にはならなかった。肺の病態に、急性の肺の硬化、線維化の過程が存在することが記載されたのは、今からわずか50年前、HammanとRichによってなされたものである3)。この時期は抗生物質発見の時期と重なり、以後、数十年間の進歩によって、肺の感染症が克服されるにつれ、呼吸器疾患の前面に肺の慢性炎症の病態がみられるようになった。

この歴史的な推移は、また別の側面を考慮する必要がある。それは感染症の克服による平均余命の延長と、その結果としての加齢肺における慢性炎症性病態の顕在化である。すなわち、従来は患者の数が少なかった60歳、70歳の肺に、数十年の経緯で蓄積された種々の要因により、正常肺とは異なる肺組織の破壊や、慢性炎症による線維化肺が高頻度に見出されるようになった。これはさらに、ことに最近50年の驚くべき工業化、自動車交通による排気ガス、毎日の摂取食料の高脂肪含有化、加工食品など、いわゆる西欧化、現代生活による多様な影響の慢性蓄積でもあることを考慮する必要がある。まだ十分な疫学的データは出されていないが、日本における剖検肺に見られる病態の時間的推移、また同時代における高度工業化社会と低開発国における剖検肺の地域差などは、こうした環境要因を考慮するうえで、非常に意味のあるデータとなりうる。

肺の線維化は多様な原因で引き起こされるが、そのうちの大多数は原因がはっきりと特定できず、「特発性間質性肺炎」と呼ばれている4)5)。一方、全身性疾患である膠原病の肺病変としての線維化肺もみられる。特発性間質性肺炎は臨床的に最もよく遭遇するが、男女比は3:1で男性に多く、年齢も50歳から70歳と高齢者に多くみられる。一方、膠原病に伴う線維化肺は女性に多く、やはり50歳代に多いが、特発性間質性肺炎にみられるよりは年齢分布がなだらかである。この特発性間質性肺炎の背景因子を調べると、重喫煙負荷や、何らかの意味の吸入歴をもつことが多い6)。また糖尿病、肝臓病が多いなどの代謝性背景も知られている7)

これら間質性肺炎は、臨床的には胸部X線写真、ことに最近では詳細な断層像の再構築が可能となった胸部CT(コンピューター断層)写真による変化として把握され8)、肺機能検査では肺活量の低下、肺コンプライアンスの低下、肺拡散能の低下としてとらえられ、これらの結果、動脈血中酸素分圧が低下する。ことに運動時低酸素血性が進行すると、労作時呼吸困難として自覚されるようになる。こうした変化の進行には、10年前後のかなりの時間経過をもつと考えられているが、今後技術革新の進むCT画像変化としての追跡解明がなされる必要がある。現時点では、慢性に進行する病態を抑制、あるいは正常化する治療法はなく、肺病変の進行に伴う感染症の抑制などの補助的治療、酸素投与などがなされているにすぎない。CT写真、あるいは病理解剖肺では、病変の分布は胸膜近傍、気管支・血管周囲を中心とする線維化であるが、肉眼的にはほぼ正常な部分と、線維化が進んだ部分とが斑に存在し、病理的な分類としては usual interstitial pneumonia(UIP)と呼ばれる9)

2)組織線維化の一般的理解

最近になり、肺の線維化は必ずしも肺という組織に特徴的なものではなく、肺、肝、腎臓、骨髄、皮膚の線維化にも共通した機序が存在すると考えられている10)。共通する機序で注目されるのは、TGF-β1(トランスフォーミング増殖因子β1:transforming growth factor-β1)と呼ばれるサイトカインが持続的に過剰生産されることが中心的な原因であると考えられている点である。

組織はいくつかの種類の細胞の集合であり、それらの細胞は細胞外基質(extracellular matrix)に接着し、細胞は毛細血管のネットワークで栄養されている。したがって、組織全体としての定常性は、細胞の増殖と、これら細胞外基質の産生と代謝の協調、関連にある。これは最近になり、サイトカインと呼ばれるペプチドによって細胞自身に対しても(autocrine)、また近隣細胞に対しても(paracrine)シグナルを出し合ったり、結合織や、細胞相互に接着し合うことにより恒常維持されていることが明らかにされつつある。サイトカインは従来のホルモンと異なり、局所的に作用する点に特徴があり、従来遠隔臓器に作用すると考えられていたホルモンの一部は、局所作用をもつサイトカインと再認識されるものもある。しかも複雑なことは、これらサイトカインは単に細胞内代謝を調節するだけでなく、多様な遺伝子の発現を促進したり、抑制したりする。したがって、一つのサイトカインを取り上げても、炎症などの周囲の状況、他のサイトカイン、細胞外基質などによって、いつも一定の反応を惹起せず、ときには陽に、ときには陰に働く10)。ここで論じているような組織の損傷(injury)、さらにはその再構築(remodeling)による修復(repair)の過程は、正常でも病的な場合でも、多数のサイトカインが複雑にからみ合っている。

3)サイトカインTGF-β

TGF-β1はまさにサイトカインの一典型であり、多機能分子である11)。TGF-β1は約10年前、血小板より分離され、当初は細胞増殖の面が注目されたが、むしろ分化促進、増殖抑制の面が炎症においては注目されている。TGF-β1は、391アミノ酸残基の前駆体のうち、112残基に相当し2量体で作用する活性型ペプチドの部分と、潜在型結合ペプチドとして112残基ペプチドの活性型を結合し、非活性型に止めて細胞表面に存在させる部分の2つの部分よりなる。その受容体は3種類あるが、I型は細胞外基質の産生と接着を惹起し、II型は細胞増殖を惹起する12)。炎症の場では、血小板由来増殖因子(platelet derived growth factor:PDGF)や、線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:bFGF)、腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor:TNF)やインターロイキンー1(IL-1β)などのサイトカインの存在下に、TGF-β1は細胞外基質の産生沈着を亢進し、創傷修復へ強力な作用を及ぼすユニークな分子である10)。このとき、蛋白分解酵素の発現は抑え、その阻害物質の発現を促進し、細胞外基質と接着する細胞表面分子であるインテグリン遺伝子に対しても、発現亢進に作用する。これらにより、損傷部位は治癒へ向かう。

4)TGF-β過剰産生と肺の線維化における役割

しかし、組織の線維化は、まさにこの正常な組織修復過程の病的な過剰状態と理解される。正常の組織修復においては、TGF-β1は一過性に産生されるが、その産生はほどなく停止する。この機序は不明である。一方、損傷刺激が繰返されるとTGF-β1の産生は持続的に維持され、その停止シグナルを凌駕して、慢性のTGF-β1過剰産生の悪循環に陥る(図-110)。こう考えると、肺の線維化の問題は2つの要素に分かれる。一つは、慢性に持続する損傷刺激は何によるのかという問題であり、もう一つは、治療への視点として、TGF-β1産生持続の悪循環を断ち切る方法の検索である。ここで取り上げる特発性間質性肺炎は原因が不明であるが、持続炎症の原因が比較的明らかな線維化肺は、たとえば慢性関節リウマチ患者に併発する肺の線維化であり、粉塵吸入の既往をもつ患者の肺線維化、あるいは結核、サルコイドーシス等の持続する肉芽腫形成刺激も肺の線維化を帰結する。動物実験で抗癌剤ブレオマイシンによる線維化を作成すると、数日で血中のTGF-β1は高値となり、肺においては肺胞マクロファージに高発現をしている。このマクロファージのTGF-β高発現は、副腎皮質ステロイドでは抑制されない13)。一方、ここで述べる特発性間質性肺炎では、初期病巣と考えられる線維芽細胞集塊(fibroblastic foci)における活性化線維芽細胞や肺胞マクロファージで高いTGF-β1 mRNA発現がin situハイブリダイゼーション法でとらえられている14)。すなわち、動物実験のみならず、臨床検体においても、前述の図式は成立するようである。それでは、これら特発性間質性肺炎患者の持続損傷刺激は何であるのか。患者分析により、糖尿病合併患者の比率が高いことなど、代謝因子の存在を疑わせる報告がある7)。実験的糖尿病動物では、肺胞上皮の細胞生理に異常を認める報告があり、興味がもたれる15)。これら代謝性因子を背景として、重喫煙の持続刺激が経気道性に作用し、年齢的には40歳以降に、持続的肺組織障害による線維化の悪循環が、臨床的に表面化すると推測される。これら患者個体の背景因子の検索は、今後の家系性背景因子の全染色体解析などで明らかになることが期待される。

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肺の癌化の基礎と臨床

1)肺癌の疫学と臨床

肺癌は戦後急激にその患者数が増加し、ことに最近、平成5年には胃癌を追い抜いて、男性癌死亡の第一原因になった16)。その背景として、戦後の喫煙習慣の拡大が大きな要因であることは、各種の疫学調査が指摘している17)。しかし一方において、たばこを吸わない非喫煙女性の肺腺癌が急増している。この原因の検討は始まったばかりであるが、ディーゼル排ガス、経口摂取脂肪量の増加、食品添加物、台所における油料理煙吸入などが指摘されている。肺癌は気道上皮細胞を発癌母地として発生するが、その組織型は大きく肺腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌など異なった組織型に分かれ、これらは喫煙との関連性や、抗癌剤感受性など生物学的性質も異なっている18)。肺癌の増加は、一方で臨床的にも大きな問題を提起している。それは胃癌とは異なり、初期癌段階での診断の感度が、たとえ胸部X線写真の集団検診を行っても、ある限度以上に向上しないこと、また白血病のようには化学療法剤による制癌効果が向上しておらず、進行癌では5年生存がほとんどないこと、脳や骨への全身転移が起こりやすいことなど、その対応にも大きな問題を投げかけている。

2)癌遺伝子と癌抑制遺伝子

発癌機構の理解は最近10年間の分子生物学的知見の集積により、大きく進歩した19)。癌という病態が、複合した多段階の遺伝子異常により惹起される細胞生理の逸脱状態であることが明らかになりつつある20)。こうした理解は、一つには、ある遺伝子を正常細胞に導入すると、細胞が形態変化や増殖能を獲得する実験事実を解析し、腫瘍形成に大きな作用をもつ癌遺伝子(oncogene)が明らかになってきたこと、もう一方において、家族性の腫瘍発生が注目され、2 hit model(特定遺伝子の父方、母方両方の遺伝子がそれぞれ異常になることによって悪性化をもたらす)が提唱されていた網膜芽細胞腫(retinoblastoma)の原因遺伝子が第13染色体短腕上にRb遺伝子としてクローニングされ21)、この遺伝子が正常であれば細胞が癌化しない、すなわち癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)であることが初めて認識されたことである。ほぼ時を同じくして、腫瘍ウィルスであるSV40のT抗原と複合体を形成し、当初癌遺伝子と認識されていたp53が、癌抑制遺伝子としての性質が確立され22)、ここに発癌の機構がかなり明瞭になった。

3)Rb遺伝子とp53遺伝子

それ以降、昨年末に乳癌発生に関係するとして報告されたBRCA1遺伝子に至るまで、10種以上の癌抑制遺伝子が報告されている。しかし、最初に報告されたRb遺伝子、p53遺伝子の2つは、その後の研究でDNA複製、細胞周期制御に中心的役割を担っていることが判明している(図-223)。Rb遺伝子産物は、細胞周期のG1期からS期への進行において、E2Fと呼ばれる核因子と複合体を形成し、E2Fにより発現が促されるS期の遺伝子発現を抑制している。しかし、Rb蛋白がリン酸化されると、E2Fは複合体からはずれ、細胞周期はS期に進む。したがって、Rbが異常であればこの抑制機構が働かず、細胞生理が逸脱する。一方、p53遺伝子産物は、一方において細胞周期を司るcyclin遺伝子のリン酸化阻害物質を発現する役割を担うとともに、つぎの細胞周期に入る前に塩基変異の修理(DNA repair)をモニターし、これが完全でなければその細胞が自滅するような遺伝子発現を引き起こす。すなわち、p53はアポトーシス(apoptosis)という多細胞生物における個体維持のための個々の異常細胞の抹殺に関与することが明らかになってきた24)。すなわち、p53が異常であれば、細胞は安全装置としてのアポトーシス機構を逸脱して、塩基変異を残したままつぎのDNA複製に入り、細胞生理の異常が固定する。実際、肺癌をはじめとする固型癌では、Rb、p53遺伝子の異常頻度は50%前後、小細胞癌では80%以上に報告されている。

4)多段階発癌のモデルとしての大腸癌

肺癌は前癌病変が把握しにくく、また家族性発生もほとんど知られていない。これに対して、大腸癌では前癌病変としてのポリープ病変の存在や、それが多発し癌化する家系の存在が知られている。したがって、大腸癌では、p53やRb遺伝子が異常となる前段階で、その細胞生理上の影響はこれら遺伝子ほどではないが癌化への一段階となる遺伝子がつぎつぎとクローニングされ、発癌への多段階の実態が判明しつつある。よく知られたものは、APC遺伝子と呼ばれる第5染色体長腕に存在する遺伝子である25)。これは、遺伝子発現に関連する核内蛋白ではなく、細胞骨格に存在し、β-cateninと呼ばれる細胞接着分子と関連し、接着による増殖抑制(contact inhibition)に関連すると考えられている。この染色体異常による病態の遺伝型式は常染色体優性であるが、この異常が原因の大腸癌は、全大腸癌の1%程度を説明するにすぎない。ポリープ形成と関係のない大腸発癌と関連のあるのは、MSH-2遺伝子(第2染色体短腕)やMHL-1遺伝子(第3染色体短腕)の異常であり、大腸癌の10〜15%の原因となる26)。これらは実はDNA異常の修復と密接に関連する蛋白であり、さきに細菌のDNA修復で発見された遺伝子と関連のあるヒト遺伝子としてクローニングされた。これらはいずれも前癌病変形成に関与し、それに加えて、遺伝子異常の集積がp53などの影響力の大きな遺伝子に及べば、明瞭に癌化すると現在では理解されている。

5)肺における発癌

それでは、肺における発癌にはいかなる遺伝子が関与するのか。これは肺発癌の前癌病変が臨床的に把握し難く、また家族性肺発癌がまれなため、大腸癌のようには研究が進んでいない。しかし、手術切除検体における染色体異常の検出や、株化した細胞において全染色体領域の欠落、増幅を検出する比較染色体ハイブリダイゼーション(CGH)法などにより、いくつかの肺癌関連遺伝子の染色体上の位置は明らかになっている27)。なかでも最も注目されているのは、第3染色体短腕であり28)、この部分は酵母の人工染色体に連続断片として取り込まれ、その一つ一つに関して、候補遺伝子のクローニングが複数の研究室で進んでいる。それに加えて、腺癌では第8染色体長腕や、第9染色体短腕、第17染色体短腕などに染色体異常が見出されている29)

 

6)肺の線維化と発癌

肺の線維化と癌化の研究は、こうした点で非常に興味ある研究と臨床の連関がなされる立場となりうる。最初に述べたように、特発性間質性肺炎の患者には、高頻度の肺癌をみる30)。発生する癌の組織型には、腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌のすべてがみられ、必ずしも偏った組織型ではない31)。さらに興味ある点は、肺に重複癌のみられる頻度が他の肺気腫などの肺基礎疾患より有意に高い点である32)。肺の重複癌とは、多くは数年から10年の差をおいて異時性に部位を違えて発生し、しかも多くの場合、異なった組織型の肺癌をみることである。これは何を意味するのであろうか。線維化肺は、前述したように、膠原病に合併してもみられるが、膠原病合併間質性肺炎の肺癌発生は非常にまれである7)。膠原病合併間質性肺炎には相対的に女性患者が多く、喫煙者は少なく、喫煙指数も低い値である。肺線維化部位では、前述のように、PDGF、IL-1β、bFGF、TNF等の炎症性サイトカインとともにTGF-β1の産生が終焉することのない悪循環に陥っていると理解されている10)。この場では、気道上皮細胞は腺様化生、あるいは扁平上皮化生をきたし、上皮脱落、細胞増殖の方向へドライブがかかっている。こうした炎症の条件は同じであるにもかかわらず、特発性間質性肺炎と膠原病合併間質性肺炎における発癌頻度の差は、結局重喫煙の背景に行き着く7)。喫煙によるたばこ煙中には、起炎症性物質と変異原性物質が含まれている。たばこ煙は遺伝子変異のhittingを起こすinitiatorであるとともに、慢性炎症のpromoterでもある。線維化肺の背景においては、前述のごとく、promotion作用は増強されている。したがって、hittingによる変異が増殖ドライブでS期に入り、固定化されてしまうと、前癌状態から発癌へ向かう頻度も高くなると考えられる。喫煙者特発性間質性肺炎の線維化肺においては、こうした変化が多発していることが予想される。当然、そのほとんどはアポトーシスを経由して消滅しているのであるが、数10年の期間に癌化まで至る細胞が数個存在すれば、肺発癌、肺重複癌の頻度は必然的に高くなる。特発性間質性肺炎に肺癌が高頻度で合併する理由としては、こうした点が考えられる。

7)肝硬変における発癌と線維化肺における発癌

臓器線維化の一つである肝硬変と肝癌発生の関係においては、変異原性として作用するのは肝炎ウイルスである。当初はpolyclonalなゲノムへの組込みであり、飲酒による影響と相まって、線維化としての肝硬変の進行、一方において、再感染を繰返しながらやがてmonoclonalな細胞増殖となり、前癌状態から、p53の変異などを経由して肝癌となる33)。肺発癌においてもあるいは未知のウイルスが間質性肺炎の慢性炎症から、ウィルスによる変異を経由して発癌に至る経路も全くは否定できないが、現在の知見では喫煙の影響を考えざるをえない。したがって、線維化肺をきたした患者には禁煙を強く勧める必要がある。

8)線維化肺にみられる前癌性遺伝子変化

特発性間質性肺炎における前癌変異を的確に把握する方法は現在ない。したがって、前癌病変の研究はごく一部で始まっているにすぎないが、たとえば肺癌組織やその周辺の遺伝子は調べられている。注目すべきは多様な癌遺伝子や癌抑制遺伝子のうち、K-rasやp53を調べた成績では、前者は前癌変異ですでに異常が捕捉されるが、p53が異常となるのは癌病巣のみである34)。現在つぎつぎと解明されていく細胞周期制御に関連する多様な遺伝子、あるいは正常にアポトーシスを惹起しあるいはこれを制御する多様な遺伝子の変異が前癌状態でいかなる状況にあるかは大いに興味ある点である。肺の線維化や発癌は家系性要因が存在する可能性もある35)が、糖尿病や神経変性疾患による発症にくらべ、比較的高齢発症であるものが大多数である。しかし、大腸癌においてその一部に家系性異常が明らかにされつつある点を考慮すると、高頻度肺癌をきたす特発性間質性肺炎患者の解析は肺癌特異な癌抑制遺伝子を検索する臨床検体として、今後とも注目すべきものであると考える。

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喫煙科学研究財団における肺の線維化と癌化をめぐる公募研究

喫煙科学研究財団による公募研究においては、肺の線維化過程における気道上皮細胞の過形成、あるいは腺様化生、扁平上皮化生などが、増殖性病態として、遺伝子・染色体異常をきたし、癌化へ進展する機構を解明するため、臨床例の解析、動物モデル実験、慢性炎症下の肺胞洗浄回収細胞の解析などがなされ、4年にわたって報告されてきた36)。慢性炎症および癌化機構に関する研究には、近年の分子生物学的解析法が導入され、従来にくらべ飛躍的な病態機序の解明、理解が進行している。しかし、以下の点においては研究はまだ初歩的段階にとどまっている。第一に、肺線維化をきたすに当っての原因が、いまだに不明である点である。疫学的研究からは、粉塵吸入歴のある患者が多いと報告されているが、一方、膠原病を基礎病態として肺に線維化をきたす症例も確かに存在し、血行性の要因の存在も否定できない。第二に、肺線維化への気道上皮細胞の変化、およびその修復機転において、たとえばTGF-βのようなサイトカインが主たる役割を担っているという病態像は浮び上がりつつあるものの、これが持続的に維持され、また病態として拡大する機序は、その原因とも関連し、なお不明のままである10)。さらに癌化への機序に関しては、増殖過程にある細胞の細胞周期におけるcheckpointが破綻し、DNAや染色体損傷が修復されないまま、アポトーシスにも至らず、細胞周期が進行することによる複合的な遺伝子異常であることの理解が進んでいる24)。しかし、本研究対象においては、慢性炎症下の細胞増殖病態は明らかであり、その病態における発癌イニシエーターが何であるのかが、いまだに明解ではない。臨床的には、特発性間質性肺炎合併肺癌患者はほぼ例外なく喫煙指数が高いので、喫煙習慣が本病態を修飾するのは強く疑われるところであるが、なお十分な疫学データはない。

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公募研究における個別報告

1)間質性肺炎合併肺癌の疫学

北海道大学の本間らは、臨床例の解析を中心として、IIP合併肺癌の疫学的解析と、切除肺癌の免疫組織学的検討を行った。彼らは、IIPと診断ののち臨床経過を追跡した66例中11例(16.7%)に肺癌の発生がみられ、うち10例は男性喫煙者、1例が女性非喫煙者であったと述べている。このグループと性、年令、喫煙歴をほぼ一致させた慢性閉塞性肺疾患患者95例とを比較し、後者のグループでは同期間に1例の肺癌発生を認めたのみであり、IIP患者の肺癌発生が有意に高いことを示した37)。IIP診断から発癌までの平均経年は4.82年であり、肺の縮みが軽く、ステロイド未使用の症例で、粉塵吸入歴をもち、非定型と分類される一群に肺癌が多い傾向があると考えている。彼らの疫学的研究の意義は、従来は肺合併症IIP例として各施設での集積成績を示したにすぎなかったのに対し、これを時系列のうえでprospectiveにも示し、その合併率が16.7%と従来の報告例にほぼ匹敵する結果を得たことである。一方、これら肺組織における増殖因子、癌遺伝子の発現を、免疫組織学的に検討しているが、これに関してはあまり明確な結果は得られていない。すなわち、EGFに関しては、間質の細胞ではIIP合併肺癌群でよく染色されているが、細胞増殖の指標であるKi-67に関しては、陽性率に差はみられなかった。また、oncogeneとして検討したc-myc、c-fos、ことに後者は陽性率がIIP合併肺癌では43%、IIP非合併肺癌では23%と高陽性率が得られたが、有意差は得られず、これらはまた、一般肺癌と比較しても、有意差とはならなかった38)。しかし、rasに関しては、IIP合併群で高率な発現陽性を認めている39)。癌、あるいは前癌病変における遺伝子異常については現在広範な研究がなされているが、この異常は従来予想されていたようなある遺伝子に特異なものなのか、別の現象があって、その結果として遺伝子異常が捕捉されるのか、よくわかっていない。したがって、炎症組織、癌組織でその蛋白としての発現をみるだけでは、有意な結果が得られにくいと考えられる。

2)切除・病理解剖肺における腫瘍関連遺伝子の免疫組織染色

自治医科大学の横山らは、病理解剖肺におけるIIP、あるいはIIP合併肺癌の手術切除肺を用いて、CEAと、細胞外マトリクスの接着分子として細胞移動、さらには形態形成に重要であるtenascinの発現を検討し、増殖関連抗原としてKi-67、p53の染色を行っている。彼らは、組織学的検索において、線維化巣(局所的線維化巣も含む)に肺癌の合併する率が57%となり、臨床で捕捉されるよりも高率であることを示した。すなわち局所的にせよ、線維化巣は発癌母地でありうることを示した点が興味深い40)。また、従来、胎生期間葉系組織にみられるtenascinが、肺胞上皮壊死、硝子膜の器質化や、慢性型では蜂窩構造部の再生、化生上皮の下方に出現することを示し、線維化巣は同時に増殖性変化と関連していると解釈している41)。肺胞性肺炎では、肺胞腔内の線維素器質化部にのみ陽性で、肺胞壁には認められないという。

3)肺腺癌projenitor細胞の免疫組織的変化

信州大学の本田らは、肺腺癌細胞のprojenitor細胞と考えられるII型肺胞上皮細胞や、無繊毛円柱上皮細胞(クララ細胞)、あるいは扁平上皮癌の基底細胞に着目し、抗ケラタン硫酸抗体染色42)や、レクチン染色43)を行った。実際の切除肺癌検体でこれらの点を検討すると、肺腺癌では細胞表面がコロイド鉄で強染され、シアリダーゼでその性質が失われた。しかし、染色される癌細胞の割合はさまざまであり、このことは癌細胞のheterogenietyを示していると理解されている。抗ケラタン硫酸染色は、その方法になお問題が残ったが、肺腺癌に親和性を示し、扁平上皮癌には親和性を示さなかったという44)。本研究は、肺線維化で最も変化する上皮化生において、その変化を遺伝子に求めず、膜抗原性、膜成分の変化として捕捉しようとした点がユニークであるが、修飾を受けた膜糖鎖の解析は、ことに癌組織においては、方法論、解釈ともに今後開発、検討する必要がある。

4)臨床肺胞洗浄回収液中の線維化促進因子

京都大学の川崎は、ヒト肺組織、肺胞洗浄法による回収細胞を用いて、II型肺胞上皮細胞の増殖における洗浄肺回収細胞の影響や、洗浄肺回収細胞におけるサイトカイン産生と喫煙の影響を調べた。正常者ヒトII型肺胞上皮細胞は、従来報告されている動物のII型肺胞上皮細胞と異なり、LPS刺激肺胞マクロファージ培養上清により増殖抑制の傾向が示された45)。また、こうした増殖抑制傾向は、γINF(100U/ml)では70%の抑制、TNF-αでは約80%の抑制をみたが、IL-1αは変化を示さなかった。しかし、IPF患者由来の培養上清を用いた場合、正常者でみられた増殖抑制効果がみられず、IPF患者肺胞マクロファージ培養上清中に、抑制因子が失われている可能性を示している。一方、マクロファージより産生される各種サイトカインの挙動を調べるため、16種の増殖因子、接着因子、細胞外基質成分などをRT-PCRで調べた。これらmRNAは高発現、低発現に分類されるが、ほとんどのmRNAが非喫煙者にくらべ、喫煙者で低下し、ことに喫煙者においてIL-1βとIL-6は著明に減少していた46)。逆に、IV型コラーゲナーゼであるMMP-9の発現は、喫煙者で増加を認めた47)。調べた16種mRNAのうち、MMP-9は、肺胞構造上重要なIV型コラーゲンの分解をきたすので、これが慢性的な経過で炎症の持続、組織構築の破壊にいかに関連するのか注目される。

5)間質性肺炎における線維化促進サイトカインと細胞接着機構

岩手医科大学の小西、吉田らは線維化過程における主要因子であるTGF-β1とfibronectin (FN)を肺線維芽細胞に作用させ、線維化反応におけるこれら因子の作用を検討した。TGF-β1は非常に広範な作用をもつサイトカインであり、細胞の増殖、分化を多彩に制御するとともに、細胞の走化、創傷治癒機転としても作用している。ヒト肺線維芽細胞に対してTGF-β1を100 pM添加すると、48時間後に細胞数は増加し、FNの濃度も増加している48)。これはFN mRNAの増加としても認められ、逆に、FNの細胞接着を抑制するdecortin core proteinのmRNAは、TGF-β1の添加により減少している。さらに、TGF-β1 mRNAに着目すると、培養のみでも増加するが、自身の添加でこの増加が大きくなり、また関連因子であるTGF-β2 mRNAも徐々に増加することが示された。一方、FNは細胞間質の各種蛋白との結合能をもち、細胞接着、進展の促進、細胞分化の調整、線維芽細胞に対する遊走活性などの機能により、組織修復に作用すると考えられている。これを胎児肺線維芽細胞に添加すると、細胞数には大きな変化を認めなかったが、自身のmRNAは48時間以降は増加している。これはFN蛋白産生にも反映し、10μg/mlの添加では48時間後に約3倍の増加を認めた49)。FNは線維芽細胞による多機能サイトカインGM-CSFの産生を抑制することが示された50)。これらの結果は培養細胞における実験ではあるが、実際の間質性肺炎の部分においても、TGF-β1やFNは、その炎症治癒、線維化に中心的な役割を果していることが推測される。

6)肺線維化モデル動物の作成:ブレオマイシン

国立衛生試験所の高橋らは、動物モデルによって、肺の線維化と肺癌発生を検討した。まず、剖検肺におけるブレオマイシン(BLM)誘発肺線維症、放射線誘発肺線維症において、AgNOR数やPCNAの染色は、扁平上皮化生や細気管支上皮過形成では、正常上皮と扁平上皮癌の中間の染色性を示した51)。動物実験としては、ハムスター肺を用い、BLMによる肺線維化に対して、抗酸化剤としてbutylated hydroxyanisole(BHA)およびbutylated hydroxytoluene(BHT)の抑制効果を検討し、BHA処置で個体死亡時期の遅延、病理組織学的変化の軽減、さらには細気管支上皮過形成巣におけるPCNA、AgNORなどの指標の軽減を示している52)。さらに、ハムスターに10 mg/kgのN-nitrosobis (2-oxopopylamine)(BOP)を投与し、これのみでは発癌しない条件下で、喫煙暴露によるpromotionとしての効果および変異原性を調べている53)。これらの実験により、たばこ成分中の発癌性ニトロサミンNNKは、動物種により効果に差があること、また喫煙暴露が単なる発癌促進性に作用しない場合がある可能性を示している。しかし、慢性炎症である喫煙のモデルとしての困難性、またヒトはこれら動物実験では検討されていない易発癌遺伝子異常をもつ可能性のある家系が存在することを考慮しておく必要がある。

7)肺線維化モデル動物の作成:ブレオマイシン肺における肺洗浄回収液の解析

広島大学の山木戸らは、臨床における喫煙症例の肺洗浄回収細胞解析の結果、TGF-β mRNAの増加をみたので、マウスにおいて、ブレオマイシン肺線維症を作成し、肺洗浄回収細胞における各種増殖因子、サイトカインの発現を経時的に解析した54)。本モデルでは、約2週間では肺胞隔壁の軽度肥厚とリンパ球浸潤やII型肺胞上皮細胞の腫大、過形成を認めたが、約1ヶ月後には胸膜下の巣状線維化を特徴とする像に移行した。本モデルにおける肺胞洗浄回収細胞のサイトカインmRNAの解析では、初期変化として、IL-1β mRNAの増加をみ、約2週間後にはTNF-α mRNAは低下した55)が、1ヶ月後には、線維性変化像にもかかわらず、これらサイトカインmRNAは生食コントロールと差のないレベルまで戻っている。さらに、同様条件下に、PDGF-A、PDGF-B、IGF-1のmRNAを調べたところ、PDGF-A、IGF-1は数週にわたって増加を示した56)。山木戸らは、線維化進行時の肺胞マクロファージを中心とする免疫担当細胞の炎症性変化の解析を試みたが、その組織像との乖離は、肺洗浄回収細胞が気道上皮細胞の変化を反映する適切な指標としては、必ずしも用いられないことを意味している。

8)肺線維化・癌化モデル動物の作成:ブレオマイシンとnitrosoamine

埼玉医科大学の木内らは、やはりブレオマイシン(BLM)による肺の線維化の経過を、最高70週まで追うことにより、その腺様化生部が発癌母地となりうる点を検討した。F-344(6週齢)をBLM(7.5 mg/kg i.p.、10日間)単独、BLM(同)+ N-bis (2-hydroxypropyl) nitrosoamine (DHPN)、BLM単独(3.75 mg/kg i.p.、週1回、70週まで)、BLM(同)+ DHPN、DHPN単独群にわけて検討した。BLM + DHPNでは死亡率が高かった。組織像は8Wでは肺胞胞隔は浮腫とリンパ球浸潤を特徴とするが、30週ではコラーゲンが増加し、ことにDHPN併用群では間質の変化は高頻度であり、60〜80%に認められ、上皮細胞の異常増殖がしばしば認められるようになった。50週では腺様化生から腺腫、癌化を認めるようになり、70週ではさらに高頻度に腺腫、腺癌を認めるようになったと報告している57)。肺胞上皮のBrdU取込みを調べると、腺様化生をみる上皮で3.8%と、他の部位にくらべて10倍の高頻度が観察され、腺腫、腺癌像を示す部分でも同様に高頻度を認めた58)。本実験系は、ことに長期経過観察に意義がある。問題はinitiatorとしてのDHPN単独でも、かなりの率で腫瘍化をみるため、線維化を場とする発癌の評価に、必ずしも純粋な系ではない点である。

9)肺線維化・癌化モデル動物の作成:N-nitroso-N-methylurethane

国立衛生試験所の三森らは、慢性に進行する肺線維化と肺発癌を解明するため、まず動物モデルによる肺線維化の作成を試み、N-nitroso-N-methylurethane(MNUR)、monocrotaline(MC)を用いる実験より始めた。これらの投与を8週、17週まで続け、28週まで観察すると、初期の急性肺障害像から、長期例では肺胞中隔の肥厚を認め、type III コラーゲンの顕著な増加がみられた59)。さらに、MNURの障害による呼吸上皮由来の増殖性病変を病理組織学的に検討して、過形成性病変の上皮性状を調べ、これに4-nitroquinoline 1-oxide(4NQO)を加え、肺発癌への変化を解析しようとしたが、4NQOの肺毒性は非常に強かった60)。urethane単独投与では肺胞上皮過形成がみられるが、MCを加えると、肺胞上皮の過形成病変を抑制した61)。こうした動物実験をみると、動物モデルは肺線維化への基本的な反応解析には優れているが、ヒト肺における線維化、あるいは肺発癌は、臨床の場では内的因子の存在を疑う場合が多く、薬剤投与よりは、たとえば自己免疫ラットにおける線維化肺の喫煙刺激という設定のほうが、より現実的な系であると考えられる。

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公募研究における総合討論

以上の各グループの発表を踏まえて、臨床・疫学的観点、動物モデルにおける知見、さらには細胞学的な視点と、3つに分けて総合討論を行った。

臨床・疫学的観点からは、北海道大学の本間が、肺癌を合併するIIPの患者背景として、ほとんどが男性であり、喫煙指数も高い点を指摘した。さらに、IIPのなかに、サブグループとして、慢性に経過し、IIPの典型例にみられるような肺容積の縮小程度が軽度で、一部気腫化を伴うようなグループが存在し、このグループでは肺発癌も10〜20%認められると述べた。これに対し、別のグループとして、膠原病の素因が疑われ、その症状が肺に強く発現したものが従来から典型例として分類されているようであるが、このグループには肺発癌は多くないと述べた。京都大学の泉は、IPFの発症にヨーロッパでは民族差があるようであり、肺癌合併が多いのは、イギリスと日本であることを指摘し、IIP-高喫煙-発癌の図式もはたして正しいのかどうか、再考する必要があると述べた。また、線維化と発癌の関連については、非喫煙者を調べる必要性があるが、そうした研究例は少ないと述べた。本研究グループの研究目的は肺線維化過程における癌化機転であり、肺線維化あるいはその分類は厚生省班会議の研究テーマであるという意見もあった。しかし、最近の遺伝子解析の方向は、家系調査を基礎とする採取DNA検体から染色体上の原因遺伝子をさぐる方向に向かいつつあり、肺線維化、肺発癌ともに素因の存在を考える必要があることも指摘された。

つぎに、動物モデルの問題に話題が移り、国立衛生試験所の三森は、まず動物実験の問題点は、急性経過の線維症作成が多く、慢性経過で作成すると動物が死亡する点をあげた。また組織形態学的に肺線維化の修復過程の過形成(腺様化生)と、そこにおける癌化の解析(たとえばp53、あるいはK-rasなど)が今後の課題であると述べた。同研究所の西川は、プロモーティング作用と、イニシエーション作用の薬剤はどういう投与をするのがよいのかという問題点を指摘した。また、新しい試みとして、たとえばp53 (-/-)のマウスを利用すると、素因を背景にもった線維化から発癌の系を面白く展開しうる可能性も指摘された。また、埼玉医科大学の木内は、ブレオマイシン線維症に関しても、用いる投与経路により作成される線維化像が異なること、さらに、持続的慢性刺激を加える系では、たとえばF-344系のラットのような肺の線維化が起こりにくいstrainを選ぶ必要のあることなどを指摘した。

最後に、細胞を対象とした研究として、岩手医科大学の吉田は、炎症の線維化巣では、サイトカインのうちTGF-βが重要であることを指摘し、その解析をin vitroの系で行い、またTGF-β作用の抑制を調べる必要性を述べた。京都大学の川崎は、気管支肺胞洗浄回収細胞(BAL細胞)を用いる研究では、RT-PCR法による解析が多数のサイトカインを同時に評価する方法として有用であり、これにin situ hybridization法などの手法を加える必要があると指摘した。広島大学の前田は、ブレオマイシンによる実験線維化肺をBAL細胞で評価するという方法論を選択している。この系は動物実験であるので、BAL細胞と同時に上皮細胞の変化を解析できる可能性がある点が指摘された。信州大学の本田は、気道上皮細胞の膜抗原の癌化に伴う変化という視点から、糖蛋白の抗原性の変化を解析した。臨床的には大きな組織を入手することが困難なケースが多く、TBLB像でこうした定性的な特異染色性変化を解析する意義を指摘した。

井原から、骨髄における線維化は前癌状態として考えられているが、fibrosisが継続する点からmalignant fibrosisという考え方はどうかという指摘がされたのに対して、泉は、発想として興味あるが、そうは考えないようだと述べた。本間は、気相と液相のあいだのガス交換という臓器の特性上、線維化は肺に機能的な傷害をきたす点に問題があると述べ、また粉塵吸入を背景にもつ炭坑従事者においても、線維化へ進行するのは0.2%程度であり、ホスト側の素因も大きな研究課題であることを指摘した。

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おわりに

炎症と発癌は呼吸器領域のみならず、広く医学一般の命題として、ことに最近の分子生物学的研究手法の導入により、猛烈なスピードでその解明がなされつつある。しかし、これら炎症、細胞生理逸脱などの病的機序にかかわる遺伝子は、なお全体像がつかめていない。こうした研究の一方で、細菌、酵母などをはじめとして、その全染色体、遺伝子配列の解明が進められているのは、故なきことではない。炎症、発癌に関する基本的な遺伝子は、これら単純な生物においても、基本的な役割を果していることが明らかになりつつあるからである。ことにアポトーシス(予定された細胞死)の概念は、これら両病態の理解に必須の事象となりつつある。翻って、肺癌は日本においても、男子では癌死の最大の原因となった。臨床の場からは、その治療法の確立、予防医学が切実に要求されている。

本公募研究は臨床研究から基礎研究まで、広範な研究グループが選ばれ、通常は相互に交流することのない領域が、分野を越えて広い視点からの研究報告、討議を行い、相互に有益な研究グループであったといえる。課題そのものに対しては、明解な解明にはなお困難な時期であったが、今回の報告、総合討論を経て、有用な研究展望が得られたことは、大いに評価すべき点であると考えられる。

*1東北大学 加齢医学研究所

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