喫煙の精神薬理作用-実験動物による研究-

栗原 久*1
田所作太郎*2

はじめに

人類は有史以前から喫煙を続け、飲酒および喫茶とともに日常生活に密着した薬物摂取行動の一つとなってきた。喫煙がいかなる精神薬理学的効果を引き起こし、ヒトの生活に対してどのようなメリットあるいはデメリットがあるかという問題は長年にわたって心理・生理・薬理学的研究の対象になり、ヒトばかりでなく、動物実験レベルでもさまざまな検討が行われ、これまでに多くの総説にまとめられている1)-7)

いうまでもなく、喫煙の精神薬理学的効果のほとんどは主要活性成分のニコチンによってもたらされ、喫煙維持の主要因はニコチンの強化効果、つまり依存性にあるといえよう。しかし、なぜ喫煙するのかの状況を考えると、とくにストレスによって引き起こされる情動、さらに認知、学習・記憶の諸問題が注目され、これらとニコチンの効果との相互関連について多くの研究が行われてきた。

本章では、喫煙あるいはニコチンの精神薬理作用に関する動物実験結果を総括する。

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不安とニコチン

ヒトが不安・不穏におそわれたとき喫煙行動が高まるところから、ニコチンに抗不安効果があるか否かについて古くから論議されてきた。動物実験レベルで薬物の抗不安効果、特にベンゾジアゼピン系薬物を抗不安薬の代表とし、それと類似する効果を検出する場合、まず報酬と罰を同時に提示して動物に二者択一を迫る実験が行われる。これをコンフリクト(葛藤)実 験という。たとえば、空腹あるいは渇状態のマウスやラットがあらかじめ定められたスケジュールのもとにレバーを押せば餌あるいは水が取れるが、同時に電気ショック(罰)が与えられる条件下では、レバー押し回数が著しく抑制される(Geller型)。そのほか、渇状態の動物が飲水口から水を取ったら電気ショックを与えて 飲水行動を抑制する方法(Vogel 型),高張食塩水の塩味を利用して飲水行動を抑制する方法(高張食塩水型)、あるいは明るい空間から暗い空間に入ったときに電気ショックを与えて暗い空間への移動を抑制する方法(受動的回避型)などもある。

栗原ら8)9)16)17) は、Geller型、Vogel 型、高張食塩水型および受動的回避型コンフリクト実験を行い、ニコチン (0.1〜1 mg/kg)を皮下投与すると0.3 mg/kg をピークとして一部のマウスにおいて罰提示によって生じる行動抑制が軽度ながら防止され、同一条件下でジアゼパム (0.5〜4 mg/kg)を皮下投与すると、大多数のマウスでさらに顕著な抑制防止効果が生じることを認めた。すなわち、マウスは罰の提示にもかかわらず報酬獲得を志向したことになる。このような行動変化を抗コンフリクト効果という。ニコチンとともに嗜好品として使用されている薬物であるエタノール (0.8〜3.2 g/kg)およびカフェイン (1〜30 mg/kg) の投与によっても、同一実験状態下で軽度ながら抗コンフリクト効果が認められた9)16)17)。抗コンフリクト効果はヒトでみられる抗不安効果を代表すると考えられている。

これらの結果は、薬理学的にみると性格が異なる薬物群に分類されているニコチン、エタノールおよびカフェインが、ベンゾジアゼピン系抗不安薬ほど顕著ではないにしろ、軽度の抗不安効果を有することを示唆している。

興味あることに、コンフリクト行動ばかりでなく、マウスの自発運動あるいはレバー押しや実験箱内を往復して電気ショックを避ける能動的回避反応を指標にしても、ニコチンとカフェインを併用投与すると、自発運動促進効果およびレバー押し回数促進効果が増強され、逆にニコチンとエタノールを併用すると効果が打ち消し合う傾向が認められた10)17)18) 。ヒトが飲酒時に喫煙した場合には、一般中枢興奮効果は減弱し、抗不安効果は逆に増強する可能性が指摘される。

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情動とニコチン

動物実験レベルで薬物の精神安定あるいは静穏効果を検討する場合、オープンフィールドテストにおけるすくみ行動、脱糞・排尿、歩行および立上がりなど、同種または異種動物に対する攻撃行動の高まりを、情動性の亢進の指標として観察する。さらに、各種ストレス負荷時の行動変化が検討される。ニコチンは覚醒レベルを高めるばかりでなく、逆に条件によっては静穏効果を発揮する結果が多数報告されている。

1)情動過多・攻撃行動

ラットの脳内の中隔野を破壊したり嗅球を摘出すると、被刺激性が高まったり凶暴性を発揮する。

五味田ら19) は、中隔野破壊あるいは嗅球摘出ラットに出現した情動過多や攻撃行動、つまり外部刺激(鼻先に棒を突き出す、背中に空気を吹きつける、尾を鉗子で挟む)に対する反応過多、捕獲時の抵抗性および啼鳴、およびマウス咬殺行動を指標にニコチンの効果を検討した。中隔野破壊ラットに中用量のニコチン (0.5 mg/kg)を皮下投与すると、捕獲時のもがき反応が3〜10分間にわたって抑制された。一方、嗅球摘出ラットにニコチン溶液(0.005 および0.02%)を27日間にわたって自由摂取させても情動過多には影響がなかったが 19)、ニコチン (0.25および0.5 mg/kg)を59日間にわたって皮下投与すると投与初期には鼻先に突き出した棒に対する攻撃性の著しい低下が認められた20)。これらの結果は、ニコチンが情動過多を抑制し、とくに防御的攻撃行動を減弱する可能性を示している。しかし、攻撃行動抑制効果が出現するのは体重増加の遅延が生じる程度の比較的高用量なので、その特異性についてはさらに検討が必要であろう。

 2)尾振戦

五味田ら20) は、ラットの情動性に及ぼすニコチンの効果検討中に、ニコチン (0.5 mg/kg)を1日1回投与された嗅球摘出ラットが、急性効果発現中に尾振戦 (tail tremor)を呈することに気づいた。このようなニコチン誘発tail tremorは健常ラットでも認められるが、嗅球摘出ラットより頻回にまた長期に投与することが必要で、ニコチン 0.5 mg/kgを1日6回、2時間ごとに反復投与(12時間休薬)すると3日目から出現した。Tail tremor と情動との関連は完全に解明されたわけではないが、健常ラットより嗅球摘出ラットで発現しやすいことから、ニコチンの情動性亢進効果に起因する可能性がある。

同一投与日内で精査すると、ニコチンのtail tremor誘発効果は投与を繰り返すごとに減弱し、翌日には回復するタキフィラキシー様の現象が観察された。しかし、ニコチンの1日1回反復投与ではtail tremor誘発効果はしだいに増強し(逆耐性)、18日目でプラトーに達した。

ニコチン誘発tail tremorはメカミラミン (0.5, 1 mg/kg) によって完全に抑制されたが、ヘキサメトニウム (0.5, 1 mg/kg) によってまったく影響されないことから、明らかに中枢のニコチン性アセチルコリン受容体に対する刺激によって生じる 21)。一方、ニコチン性アセチルコリン受容体以外に作用する薬物の影響をみると、クロニジン (0.02, 0.04 mg/kg)、プラゾシン (0.5, 1 mg/kg)、ヨヒンビン (0.5, 1 mg/kg)、プロプラノロール (2〜20 mg/kg)、ハロペリドール (0.05, 0.1 mg/kg)、メタンフェタミン (0.5, 1 mg/kg)およびクロナゼパム (5 mg/kg)によって抑制され、アポモルヒネ (0.1, 0.2 mg/kg) では影響されず、また6-OHDAの脳室内投与で増強された22)23)。これらの結果から、ニコチン誘発tail tremorはニコチン受容体に加えて、ノルアドレナリンαおよびα 受容体、β受容体およびドパミン受容体の感受性変化が関係していることが考えられた。さらにベンゾジアゼピン受容体アンタゴニストのRo 15-17888(フルマゼニル)もニコチン誘発tail tremorを軽減することから、ベンゾジアゼピン受容体も関係することが考えられた。

3)自発運動

移所運動(歩行)や立上がり行動は中枢の刺激や情動の亢進を反映すると考えられている。ラットの移所運動や立上がり行動に対するニコチンの促進効果は反復投与するとしだいに増強する(逆耐性)が、移所運動は5〜7 日目でプラトーに達し、立ち上がりは15日目でもなお増加を続けるという22)。ニコチンの移所運動促進効果はクロニジンおよびハロペリドールによって抑制されるが、ヨヒンビンとアポモルヒネには影響されず、メタンフェタミンによって増強された。すなわち、ニコチンによる移所運動亢進には中枢性ノルアドレナリンおよびドパミン作動神経系が関与しており、tail tremorの発現機序とは多少異なると思われる。

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日周リズムとニコチン

動物が正常な生活を営むためには、明暗、温度、湿度、そのほかの環境変化に同調して生理的・行動的変動を繰り返す必要がある。環境変化のなかでもっとも劇的で影響が大きいものは、24時間周期の明暗変動である。運動、摂餌および飲水などの生活行動の日周リズムは脳内の時計機構に加えて、照明、摂餌・飲水時刻などの外的条件にも強く影響される。このような日周リズムが突然乱れた場合は、動物の健康に重大な問題が生じていると考えられる。このような観点から、ニコチンの反復投与による生活行動の変化が検討されてきた。いうまでもなく、ラットは夜行性動物で、運動量、摂餌・飲水行動は明期より暗期のほうが圧倒的に高頻度に生じる。

喜多・中嶋 11)、および黒河内ら24)-27)は、ラットの移所運動と飲水行動を指標にして、ニコチンの反復投与の効果を検討した。ニコチン (0.1〜1 mg/kg)を午前10時に7日間にわたって皮下投与すると、初期には投与直後から20分間にわたって運動失調が起こり、飲水量が減少したが、その後の180分間は逆に運動量および飲水量ともに増加した。反復投与によって運動失調誘発効果には耐性が形成されたが、運動および飲水促進効果は増強した(逆耐性)。6日間の休薬後に同一用量のニコチンを再投与してみると、ほぼ休薬前の効果が再現された。休薬47日および73日後にニコチンを再投与してみると、運動および飲水促進効果に対する逆耐性は軽減する傾向があったが、初回投与時のレベルまでには回復しなかった 11)24)-27)。すなわち、ニコチン反復投与によって生じた耐性および逆耐性、特に逆耐性は比較的長期間にわたって維持されることを示している。また、側坐核あるいは腹側被蓋野の両側にそれぞれニコチン10〜30 μg を投与しても運動活性促進効果に対して逆耐性が形成されることから 27)、逆耐性は中枢性に生じるものと思われる。

さらに黒河内ら25) は、ニコチンを午前10時(明期)あるいは午後10時(暗期)に投与し、投与時刻の違いによる効果の差異を比較した。移所運動は、午前10時の明期投与と同様、午後10時の暗期投与でも投与直後の一過性の減少に続いて増加が生じ、反復投与によって逆耐性が形成された。一方、飲水行動は、午後10時のニコチン投与では長時間にわたって減少し、反復投与によってようやくベースラインレベルに回復するにとどまった。これらの結果は、ニコチンの効果が投与時刻によって若干異なることを意味している。その理由として、明期より暗期の行動頻度が著しく高いため、rate-dependency によって抑制が生じやすいことが考えられる。

ニコチンの急性投与時にはラットの脳内、特に視床下部と海馬でノルアドレナリン量の減少およびドパミン代謝回転(DOPAC/DA)の増加が生じるが、これらの変化は反復投与すると軽微になった。さらに、ニコチンの移所運動促進効果はメカミラミン、SCH 23390およびスピペロンで拮抗されたが、ヘキサメトニウムでは影響されなかった 26)27)。これらの結果から、ニコチンの移所運動促進効果は側坐核および腹側被蓋野におけるニコチン性アセチルコリン受容体およびドパミンD1およびD2 受容体が関係し、さらに逆耐性の形成時にはノルアドレナリンおよびドパミン作動神経系に変化が生じているものと考えられる。

一方、梅津ら12)13) および田所ら28)-30)は、マウスおよびラットの日周リズムに及ぼすニコチン溶液の自由摂取(15, 50, 150 μg/ml) あるいは経口投与 (0.3, 1.5 mg/kg) の影響を、移所運動および飲水行動を指標に60日間以上にわたって検討した。ニコチン溶液を自由摂取させた場合、1日あたりの溶液摂取量はニコチン濃度に依存して減少したが、ほぼ一定レベルの範囲は維持され、このときのニコチン用量は2〜10 mg/kgと算出された。ニコチン摂取によって移所運動は促進され、この効果には逆耐性が形成されたが、夜行性動物に特有な暗期に高頻度の運動および飲水行動の日周リズムには大きな変化はなかった。もちろん、死亡例もなかった。一方、中枢刺激作用を有する覚せい剤(メタンフェタミン)を数十日間にわたって自由摂取させると、運動促進効果に対する逆耐性の形成とともに日周リズムがしだいに乱れ、しかも死亡するラットが現われることが報告されている14)。このような効果は、覚せい剤の反復乱用による精神障害の発現と関連すると考えられている。覚せい剤の効果とは異なり、ニコチン溶液を長期間自由摂取しても具体的な日周リズムには変化が生じないことは重要な所見であり、ヒトが喫煙を繰り返しても精神障害が発現しないことを意味する成績といえよう。

恒暗条件下でラットを飼育すると、周期が24時間よりわずかに長い自由継続リズムを描くが、1日に1回一定時刻にニコチン(0.3, 1.5 mg/kg)を経口投与すると24時間周期のリズムを示すラットが出現し、その例数はニコチンの用量に依存して多くなった12)29)。この結果は、投与されたニコチンがラットにとって時間の手がかり(Zeitgeber)になる可能性を示している。

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ストレスとニコチン

ヒトの喫煙頻度がストレス負荷状態では高くなることが経験的に知られており、ニコチンとストレスとの関連に関する研究が多数行われてきた。

1)アクティヴィティーストレス

アクティヴィティーストレスとは、過剰な強迫的運動亢進がストレス反応を引き起こすことを意味している。たとえば、空腹状態の動物は著しい運動亢進を呈し、胃潰瘍を伴う全身症状の悪化を示しやすい。

梅津・栗原13)および田所ら29)は、制限給餌によって著しい運動亢進を起こさせたラットにニコチン溶液を2週間以上にわたって摂取させ、摂餌、飲水、車回し運動あるいは移所運動でみた生活行動の日周性パターンおよび死亡率から、アクティヴィティーストレスに及ぼすニコチンの効果を検討した。1日1時間だけ(午前10時〜11時)の制限給餌をラットに負荷し、ニコチン溶液(15, 50, 150 μg/ml)を与えると、ラットは給餌時間付近にピークを持ち、しかも自由摂餌時をはるかに上回る運動活性の促進を示した。とくに、車回し事態では1日あたりの歩行距離が12 kmにも達して死亡するラットが頻発し、死亡例のすべてに胃潰瘍が認められた。水およびニコチン溶液(15, 50, 150 μg/ml)摂取群の死亡率はそれぞれ6/15、1/5、5/5および4/5で、ニコチン摂取はアクティヴィティーストレスを増強した。しかし、この実験結果の解釈については、1日あたりのニコチン摂取量が最大で15 mg/kgにも達し、ヒトの日常喫煙量をはるかに上回っていることを考慮しなければならないであろう。

2)学習性無力、絶望モデル

回避・逃避が不可能な不快刺激を反復して受けた動物は、類似した実験事態下で回避・逃避可能にしても、回避・逃避反応の習得は悪くなる。また、脱出不能な水槽内に入れられた動物は、最初は必死に泳いで逃れようとするが、しばらくすると水面上に顔だけ出して不動状態を維持するようになる。翌日、動物をもう一度水槽内に入れると、不動状態の出現が早まる。これらの行動変化はストレス事態からの回避・逃避をあきらめた状態と考えられ、それぞれ学習性無力および絶望モデルと呼ばれ、うつ病のモデルになるという意見がある。

栗原ら17)31)は、実験箱内で左右に移動して電気ショックを回避するシャトル型回避事態を基本にした学習性無力実験で、ニコチンを始めとする各種薬物の効果を検討した。回避・逃避不能なショック(0.5 mA, 50 Hz AC, 3秒間を30秒間隔)を1日120 回、3日間にわたってマウスに与えた後に回避可能にして訓練すると、回避反応の習得が著しく悪化した。このような回避反応の習得悪化は、ニコチン(0.1〜1 mg/kg)およびエタノール(0.8〜2.4 g/kg)をショック被曝セッション開始10分前に投与しても変化しなかったが、カフェイン(3〜10 mg/kg)によって軽減された31)。しかし、ニコチンはカフェインの回避反応習得改善を促進した 17)

一方、1日15分間ずつ、3日間にわたってマウスを脱出不能な回転かごつきの水槽中に入れると、回転かごを回しながら泳ぐが、究極には不動状態(絶望モデル)となる。このような不動状態に対して、ニコチン(0.1〜1 mg/kg)、エタノール(0.8〜2.4 g/kg)、カフェイン(1〜10 mg/kg)、さらに比較的低用量の抗精神病薬、抗不安薬、抗うつ薬といった精神治療薬の投与は軽減効果を示し、回転かごの回転数を増加させた15)32)図-1)。

これらの実験結果は、条件によってはニコチンは単独でストレスを軽減するばかりでなく、ほかの薬物のストレス軽減効果を増強する可能性があることを示している。

3)拘束ストレス

動物を金網で包んだり、あるいは細い管の中に閉じ込めて動けないようにするのが拘束ストレスである。

村松ら 33)-40)は、マウスやラットに対して拘束ストレスを負荷し、脳内のα-受容体、α-受容体、β-受容体およびムスカリン性アセチルコリン受容体の変化に及ぼすニコチン溶液摂取(100 mg/l)の効果について、それぞれH-プラゾシン、H-クロニジン、H-DHAおよびH-QNB をリガンドとして検討した。ニコチン溶液(100 mg/l)を4週間にわたって自由摂取させた場合の1日あたりのニコチン摂取量は5〜8 mg/kgであった。1日2時間ずつの拘束ストレスを最後の週に5日間33)、あるいは2週目と4週目に5日間ずつ34)負荷してみると、H-プラゾシン、H-クロニジンおよびH-DHA 結合は減少したが、H-QNB 結合は変化しなかった。とくに、β-受容体に対するH-DHA 結合の変化が比較的顕著で、ストレス群、ニコチン摂取群およびストレス+ニコチン摂取群で同程度の減少が引き起こされた。これらの結果は、ストレスおよびニコチンの両者によってカテコールアミンの放出が促進されてβ-受容体が刺激された結果、受容体の最大結合数が減少するダウンレギュレーションが生じたことを示唆している。

ニコチン溶液の自由摂取期間を4週間とし、2週目と4週目に5日間ずつストレスを負荷されたラットでは、ムスカリン性アセチルコリン受容体に対するH-QNB 結合が変化しなかった。しかし、ムスカリン性受容体に対するH-QNB 結合をアゴニストのカルバミルコリン(CAR)で拮抗させてみると、ニコチン群では皮質におけるCAR 拮抗が約1/2に減少しており、ムスカリン性アセチルコリン受容体のダウンレギュレーションが示唆された 35)。一方、視床、視床下部および脳幹部ではこのようなニコチン性アセチルコリン受容体の変化は認められず、ニコチンが大脳皮質のコリン作動神経系に対して比較的特異的に作用してることを示している。

ニコチン溶液の摂取期間を5週間とし、4週目から5週目までの12日間にわたって拘束ストレスを負荷した実験では36)、ストレス群では17%(3/18)のラットが死亡したが、ニコチン群およびニコチン+ストレス群では死亡例はなかった。さらに、ストレス群では血圧上昇が生じたが、ニコチン+ストレス群では血圧上昇が生じなかった。これらの結果は、ニコチンが拘束ストレス負荷時の身体的影響を軽減したことを意味している。一方、β-受容体刺激薬のプロプラノロール溶液(50 mg/kg/day)を摂取させても、拘束ストレス負荷時に死亡例はなく、血圧上昇も抑えられた 37)。これらの結果は、ニコチンがβ-受容体を介してストレスを軽減している可能性を示している。さらに村松ら38)は、ストレス負荷とβ-受容体サブタイプの変化との関連を検討し、ストレス負荷時にみられる血圧上昇がニコチンで軽減される理由として、β-サブタイプの遮断と関係していると考えている。

吉田ら39)-41)は、1日2時間ずつ細い管のなかにラットを閉じ込める拘束ストレスを2週間にわたって負荷し、交感神経系の変化を肩甲骨間褐色脂肪組織のノルアドレナリン代謝を指標に検討した。ストレス負荷によって体重は減少し、ノルアドレナリン代謝回転が亢進した。ニコチン(0.4 mg/kg)を単独皮下投与すると、交感神経系の活動は活性化した。しかし、ストレス負荷直前に投与するとストレスで誘発される交感神経系の活動亢進を抑制して抗ストレス作用を示すという、矛盾するような効果を有すると報告されている。

4)物理的ストレス、情動ストレス

ストレス負荷とニコチン投与によるβ-受容体の変化は、コミュニケーションボックスを利用した実験によって検討されている42)43)。電気ショックを直接被曝する物理的ストレス群と、電気ショックは直接には受けないが、隣接するボックス内でショックを受けている動物が示す啼鳴やジャンプなどの視聴覚性のストレス刺激を受ける情動ストレス群ともノルアドレナリンの代謝回転が亢進し、また大脳皮質ではβ-受容体の最大結合数が減少したが、親和性には変化がなかった。ニコチン(0.4 mg/kg s.c.)をストレス負荷の 5〜10分前に投与すると、情動ストレス負荷によって生じるβ-受容体の最大結合数の減少は軽減されたが、物理的ストレス群では変化がみられなかった。この結果は、ニコチンのストレス軽減効果は物理的ストレスより情動ストレスに対して有効性が高いことを意味している。

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免疫系、内分泌系とニコチン

最近、ストレスの負荷によって生じる免疫系や内分泌系の変化に関心が高まり、それらに対するニコチンの効果について研究が行われてきた。

五味田らは、ラットに対する拘束ストレス44)-46)、足肢電気ショック44)および強制水泳負荷47)による免疫能の変化とニコチンの効果について検討した。アレルゲンとしては塩化ビクリルを用い、その前処置(感作処置)を受けた動物に一定期間経過後に塩化ビクリルを再投与した際に出現する皮膚のアレルギー性炎症反応、および脾臓細胞移植時の拒絶反応である移植片対宿主(GVH)反応を指標に検討している。塩化ビクリルによる感作処置前および感作処置中に拘束ストレスを負荷してもアレルギー反応の程度に変化は生じなかったが、感作処置後のストレス負荷によってアレルギー反応は抑制された。この変化は、ストレス負荷直前にニコチン(5 mg/kg p.o.)を投与すると軽くなった44)。さらに、移植細胞に対するGVH 反応を指標にした実験から、拘束ストレスによるリンパ節重量やリンパ球数の減少は、ストレス負荷前後に1日2回のニコチン経口投与(5 mg/kg)、あるいはたばこ煙を吸入(5本を点火し、煙と空気を1:5に混合して20分間吸入)させると軽くなった45)。細胞移植前ではストレス負荷に起因するGVH 反応の抑制がニコチンによって軽減されるが、移植後では無効であった46)。また、細胞移植前にプレドニゾロンを反復投与(10 mg/kg p.o. を1日1回5日間)することによって誘発されたリンパ節重量の減少は、ニコチン(5 mg/kg p.o.)の1日2回投与で抑制されたが、移植後のプレドニゾロン投与によるリンパ節重量の減少に対してはニコチンは無効であった48)。これらの結果は、ストレス負荷あるいは副腎ステロイド製剤に起因する免疫能の低下、すなわちアレルギー反応の抑制、リンパ節重量の減少がニコチンによって拮抗されることを示している。特に、細胞移植に対するGVH 反応の実験から、ニコチンの免疫回復効果は抗原認識過程に対する作用が主で、免疫応答成立過程とはあまり関係しないと考えられる。

一方、内田ら49)-52)は、コミュニケーションボックス法を利用して、物理的ストレス群(1.5 mA, 10秒/2分を6時間、続いて2 mA, 10秒/2分を6時間)と情動ストレス群の免疫能と胃粘膜症状を検討した。物理的ストレス群では、ナチュラルキラー(NK)細胞活性の低下あるいは消失、ACTH (adrenocorticotropic hormone) 濃度の上昇、および胃潰瘍や胃粘膜障害が発生した。一方、情動ストレス群ではNK細胞活性が軽度に上昇し、胃の病変やACTH濃度の上昇が物理的ストレス群より軽微であった。ニコチンあるいはたばこタールで処理しても、NK細胞活性には変化が認められなかった。これらの結果によると、ストレスで誘発される免疫能低下に対するニコチンの改善効果は、NK細胞ではなく、主としてT型細胞機構を介していることを示唆している。

久保ら53)54)は、ネコの脳内電気刺激によって誘発される不穏反応、防御的攻撃行動および探索行動といった情動反応と、T型リンパ球マイトジェンであるPHAあるいはCon A に対する末梢血リンパ球の反応性との関連を検討した。視床下部前核、腹側内側核および外側核の刺激は、それぞれ不穏反応、防御的攻撃行動および探索行動と関連していた。PHA およびCon A に対するリンパ球反応はいずれの情動反応が現われた場合でも変化しなかったが、好中球貧食能は探索行動の出現時に減少し、血中コルチゾール濃度は不穏および防御的攻撃行動の発現時に上昇し、探索行動出現時でも軽度に上昇した。しかし、血中ACTH濃度はいずれの行動が出現しても変化がなかった。ニコチン(0.02, 0.25 mg/kg)によって、脳内電気刺激で誘発される情動反応および血中コルチゾール濃度の上昇は抑制され、また行動出現を引き起こす脳内電気刺激閾値が10〜20%上昇した。これらの結果は、脳内電気刺激で誘発される情動反応が好中球の機能低下といった免疫機能の一つを低下させ、この免疫機能低下がニコチンで阻止されることを示唆している。このような効果は、ニコチンのストレス軽減効果と密接に関連しているように思われる。

中嶋ら55)-57)は、コミュニケーションボックス法を利用した物理的ストレスと情動ストレス負荷に起因する視床下部-下垂体系内分泌機能の変化機序について検討した。物理的ストレス群および情動ストレス群とも血中 CRF (corticotropin-releasing factor)、ACTHおよびβ-エンドルフィン値が上昇した。同様の変化がニコチン投与でも生じるところから、 CRF、ACHTおよびβ-エンドルフィンの遊離促進に対して視床下部のニコチン性アセチルコリン受容体が関与している可能性が示された。ACTH遊離促進は物理的ストレス負荷とニコチン投与によって相加的に増強されたが、情動ストレス負荷によるACTH遊離促進はニコチンによって修飾されず、ストレスの種類によって視床下部-脳下垂体-副腎系反応が異なる可能性が示された。さらに、ニコチン性アセチルコリン受容体のαサブユニットに対するモノクローナル抗体(mAb 299)の免疫陽性反応は視床下部の各所にも認められ、とくに正中隆起で著しかった。これらの結果は、ニコチン性アセチルコリン受容体とCRFが共存する神経終末があり、CRF放出がニコチンで促進される機序が存在することを暗に示している。

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学習・記憶

動物実験で学習・記憶を検討する場合、それらのレベルに対する実験的処理条件の影響などは、訓練前後の行動変化の比較から類推される。いうまでもなく、学習・記憶は脳の高次機能の総合として表出され、特に中枢性のコリン作動神経系と密接な関連があると考えられている。ニコチンはニコチン性アセチルコリン受容体を介してアセチルコリンの遊離を引き起こすので、学習・記憶に強い影響を及ぼすものと期待され、マウスやラットばかりでなくサルをも用い、さまざまな学習課題のもとで、学習・記憶に及ぼすニコチンの効果が検討されてきた。

しかし、たとえ明確な行動変化が観察されたとしても、行動変化を引き起こす因子は学習・記憶ばかりでなく、運動・感覚機能、動因、情動、そのほかの多くがあり、得られた結果をただちに学習・記憶現象に結びつけることには問題があるので、慎重でなければならない。また、複数の記憶テストを施行した際の結果がかならずしも並行していないところから、記憶現象の多様性についても十分に考慮すべきである。

1)遅延弁別課題、遅延見本合わせ課題

見本刺激の提示から一定時間経過後に定められた反応を行った場合、あるいは見本刺激を正しく選択すると報酬が与えられる条件づけが、それぞれ遅延弁別課題および遅延見本合わせ課題である。これらの課題では、試行ごとに与えられた見本刺激をつぎつぎに記憶していかなければならない。このような記憶は作業記憶と呼ばれており、また比較的短時間しか保持されないので短期記憶の一例と考えられている。

Y型迷路あるいはオペラント条件づけによる健常ラットの遅延弁別反応は、ニコチンを投与してもベースラインレベルを上回ることはなく、0.25mg/kg以上の高用量では中毒症状のため逆に遂行が悪化した58)。また、健常アカゲザルの遅延弁別反応では、ニコチンによって一部のサルがベースラインレベル以上の向上を示すことがあったが、全般的にみるとほとんど無効であった58)59)。一方、スコポラミンは遅延弁別反応を0.03mg/kgの低用量で悪化させ、この悪化は0.06mg/kgのニコチンによって部分的に軽減された 58)。しかし、コリン作動神経毒であるAF64A を脳室内投与されたラットにおける遅延弁別反応の悪化は、ニコチンによって改善されなかった59)。これらの結果は、ラットやサルの遅延弁別反応あるいは遅延見本合わせ反応を指標にすると、短期記憶に対するニコチンの促進効果はそれほど顕著でないことを示している。

しかし、安東ら60)-65)は実験条件をさらに改良し、脳室内または背側海馬をAF64A で処置したラット、あるいはスコポラミン投与ラットにおける遅延弁別反応の障害に対して、比較的少量のニコチン、アレコリンおよびフィゾスチグミンは改善効果を示すことがあり、イデベノン、ニカルジピン、ニセルゴリン、インデロキサジンなどの脳機能・脳循環改善薬では軽度改善にとどまることを観察した。さらに、少量のスコポラミンで誘発される遅延弁別反応の障害は、ニコチン性アセチルコリン受容体の刺激薬であるロベリンおよびアナバシンの少量によって改善されたが、ドパミンD受容体アンタゴニストであるSCH 23390では悪化した。

一方、アカゲザルの遅延見本合わせ実験において最大記憶保持時間(6.4〜25.6秒)を指標に薬物効果を検討してみると、ニコチン、アレコリンおよびフィゾスチグミンは記憶保持を促進する傾向があり、スコポラミンは逆に悪化させる。この悪化は、ニコチンによって改善された60)-62)

これらの結果は、ムスカリン性アセチルコリン受容体、ドパミンD受容体などが短期記憶と関連しており、ニコチンによるニコチン性アセチルコリン受容体の刺激によってコリン作動神経系やドパミン作動神経系の活性低下が改善され、記憶障害が軽減される可能性を示唆している。しかし、個々の動物の成績を検討してみると、同一用量のニコチン投与時に相反する成績が得られており、ニコチンが明瞭な記憶促進あるいは改善効果を有するのか否かを断定するにはさらに検討を重ねる必要があろう。

2)受動的回避課題

明暗2室からなる実験箱の明室内におかれた動物が暗室内に入ったとき、あるいは狭いプラットホーム上に乗せられた動物が床に降りたとき電気ショックを与えると、その後は暗室内への移行やプラットホームから降りるのを躊躇するようになる。これらの実験はそれぞれステップスルー型およびステップダウン型受動的回避実験といい、学習・記憶実験で最も利用されている方法である。観察指標として明室から暗室への移行時間、あるいはプラットホームから降りるまでの時間(反応潜時)を用い、反応潜時が短縮した場合は記憶低下(健忘)があると判定する。しかし、受動的回避反応はコンフリクト行動としての特徴があることも考慮しなければならない。

鍋島らは、マウスやラットのステップスルーおよびステップダウン型受動的回避反応を指標に、一酸化炭素66) あるいはスコポラミン67)によって誘発される健忘に対するニコチンの効果を検討した。一酸化炭素吸入から7日後にステップスルー型受動的回避反応の訓練を行い、訓練の15分前にニコチン(7.8〜250 nmol/kg)を投与すると、15.6 nmol/kgをピークに健忘が改善され、ニコチンの改善効果はメカミラミン (1.25 mg/kg)で拮抗された。しかし、ニコチンを訓練後に投与したのでは改善効果は観察されず、また光学異性体でニコチン性アセチルコリン受容体に対する刺激作用が弱い(+)-ニコチンも無効であった66)。訓練試行30分前のスコポラミン(1.5 mg/kg)投与によって引き起こされた健忘は、ニコチン(0.1, 0.3 mg/kg)およびフィゾスチグミン(0.1 mg/kg)によって軽減された(図-267)。さらにニコチンの改善効果はメカミラミン(10 mg/kg)、SCH 23390 (0.05 mg/kg)およびスルピリド(5, 10 mg/kg)で拮抗された。これらの結果は、一酸化炭素およびスコポラミン誘発健忘に対するニコチンの改善効果は、ニコチン性アセチルコリン受容体ばかりでなく、ドパミンDおよびD受容体が関与しており、ニコチンによるアセチルコリンの遊離、およびそれによって二次的に引き起こされるドパミン遊離の促進が重要であることを示唆している。

イボテン酸による前脳破壊ラットを用いて実験環境への慣れおよびステップスルー型受動的回避反応を指標にして、ニコチン(0.5, 1, 5 mg/kg)の1日1回投与の効果を検討してみると、慣れ課題では改善が生じたが、受動的回避課題では改善が生じなかった68)。前脳破壊ラットにおける頭頂皮質のコリンアセチル転換酵素活性およびアセチルコリン濃度の低下は、浸透圧ミニポンプを用いてニコチンを皮下に持続注入すると回復する傾向がみられたが、神経成長因子(NGF) 含有量には変化がなかった。これらの結果から、前脳破壊ラットの学習・記憶障害に対するニコチンの改善効果はNGFに対する作用ではなく、コリン作動神経系を介していると考えられている。

佐々木らは、アセチルコリンの前駆体であるコリンを欠乏させたラットにおけるステップスルー型受動的回避反応の習得遅延に及ぼすニコチンの効果を検討した。コリンを含まない飼料を10週間にわたってラットに与えると受動的回避反応の習得が遅延し、300秒の基準反応潜時への到達に必要とする訓練回数が増加したが、ニコチン 0.04 mg/kgを訓練開始の90秒前に腹腔内投与すると訓練回数が通常飼料飼育ラットのレベルに近づいた 69)。コリン欠乏食で飼育したラットの脳内ではコリンおよびアセチルコリンが有意に減少していた70)。これらの結果は、ニコチンのアセチルコリン遊離促進作用によって低下したコリン作動神経系の活性が回復し、受動的回避反応の習得が改善されたとも考えられる。

さらに佐々木らは、老化促進マウス(SAM-P/8 系)とその対照としてR/1系マウスを用い、脳内アセチルコリン濃度およびステップスルー型受動的回避反応の習得に及ぼすニコチンの効果を検討した71)72)。SAM-P/8系マウスは R/1 系マウスより視床下部および中脳・視床においてアセチルコリン濃度が有意に低く、また受動的回避反応の習得が劣っていた。訓練の2分前にニコチン0.04 mg/kgを投与すると、SAM-8/P系マウスの回避反応習得が改善された。これらの成績より、SAM-P/8系マウスにみられた劣悪な受動的回避反応習得はコリン作動神経系の活動低下に起因し、ニコチンによってアセチルコリン遊離が促進されたために改善された可能性がある。しかし、SAM-8/P系マウスの脳内アセチルコリン濃度の低下はコリン欠乏食飼育マウスほど顕著ではなく、むしろ脳内ヒスタミン濃度が著しく高値であったという。したがって、SAM-8/PA系マウスに対するニコチンの効果はヒスタミン神経系と関連している可能性も否定できない。

3)モリス型水迷路課題

モリス型水迷路課題は、動物をプール内で泳がせ、水面下に隠れたプラットホームを捜し出させる課題である。訓練を反復すると、動物は実験室内の器物の配置を手掛かりに速やかにプラットホームの位置を覚え、速やかに目的地に到達するようになる。この課題では、出発点からプラットホームに到達するまでの反応時間、およびプラットホームを取り外してその付近にどれだけ長くとどまるかの観察(プローブ試行)から、動物の空間認知および記憶(場所学習)が検討できる。

岩崎ら73)は、老齢ラット(27〜28か月齢)、中齢ラット(16〜17か月齢)および若齢ラット(10〜13週齢)のモリス型迷路課題遂行に及ぼすニコチン(0.025〜0.1 mg/kg)およびスコポラミン(0.125〜1 mg/kg)の効果を比較した。若齢ラットでは、ニコチンによって反応時間が延長する傾向があった。スコポラミンも反応時間の延長を引き起こし、またプローブ試行時の遂行を悪化させたが、この障害はニコチンによって改善されなかった74)。老齢ラットおよび中齢ラットはいずれもニコチンの投与によって反応時間が延長し、プローブ試行時の遂行が悪化した。これらの結果は、ニコチンの単独投与は若齢および老齢ラットの場所学習を促進せず、むしろ行動パターンを変化させて遂行の悪化を引き起こすとを示している。しかし、AF64Aの脳室内投与によって引き起こされた場所学習の習得障害および訓練後のプローブ試行における遂行障害は、ニコチン(0.025〜0.25 mg/kg)の訓練前投与によって改善された75)図-3)。これらの結果は、コリン作動神経系が著しく障害された場合に生じたモリス迷路課題の習得障害が、ニコチン投与によって改善される可能性を示している。しかし、イボテン酸による前脳破壊ラットにおけるモリス型水迷路課題の遂行障害は、ニコチン(0.5, 1, 5 mg/kg)の1日1回投与で改善されないとの報告がある 70)

4)脳内血流量、脳代謝、神経成長

精神機能、とくに学習・記憶と脳内血流量、脳代謝および神経成長とのあいだには当然密接な関連があり、これらに及ぼすニコチンの効果が検討されてきた。

長谷川らの実験では、ネコにニコチンを投与後、熱電効果による局所血流測定法で脳内血流量を測定した。大脳皮質、海馬、視床下部では血流量が増加し、扁桃核では減少傾向が認められた76)。血管壁にはニコチン性アセチルコリン受容体がないので、ニコチンによる血流量の増加はほかの部位のニコチン性アセチルコリン受容体を介して二次的に引き起こされたものと考えられる。

たばこ煙を吸入させた際の脳代謝を14C-デオキシグルコース法で測定してみると、脳の28部位のうち9部位で代謝率が20%以上増加し、特に視床下部と脳梁で著明であったが、黒質や橋では減少傾向が認められた77)。しかし、このような脳代謝の変動は煙の影響が少ない吸入法では出現しないので、たばこ成分の直接作用とは考えられず、不快感に伴う二次的反応の可能性が高い。

孵卵10〜11日目のニワトリ胚の末梢神経(交感神経節)および中枢神経(脳幹部)を培養し、ニコチン(0.1〜100 μM)の効果を検討してみると、交感神経節の生存に対する影響は認められないが、12.5〜50 μMをピークに神経突起伸展が促進された。ニコチンは中枢神経に対して0.1〜100 μMで生存率を高め、50μMをピークに突起伸展を促進した。また、グルタメイトによるCa++濃度上昇をニコチン(50〜100μM)が抑制した78)。学習・記憶に及ぼすニコチンの効果は、アセチルコリンの遊離促進に加えて、神経細胞生存および成長促進効果も関係している可能性があろう。

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おわりに

本章では、ニコチンの精神薬理学的効果をめぐる動物実験で得られた研究成果を、不安、情動、日周リズム、ストレスおよび学習・記憶を中心に総括した。ニコチンの動物実験結果は、実験間で必ずしも一致しているわけではない。しかし、不安軽減(抗コンフリクト効果)、覚醒、鎮静、ストレス軽減および学習・記憶促進効果を示す成績が多数報告されている。さらに、ニコチンを長期投与しても精神毒性を示唆する行動異常は観察されない。これらの結果は、ヒトがおかれた状況に応じて、喫煙がさまざまな精神薬理学的効果を発揮していることに通じる。一方、喫煙状況を考えると各種薬物と併用される機会が多く、効果が微妙に修飾されやすいことが予想される。今後は実験条件をさらに洗練させ、環境因子および各種薬物との併用も念頭においた研究が行われることを期待する。

*1群馬大学医学部、*2群馬県立医療短期大学

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