喫煙と内分泌機能

 

松倉 茂*1

喫煙の膵外分泌機能に及ぼす影響

膵は、膵ランゲルハンス島からインスリン、グルカゴンおよびソマトスタチンを血中に分泌し、主に糖質代謝調節に関与する内分泌機能と、膵腺房細胞から膵液および膵消化酵素(アミラーゼ、キモトリプシン、リパーゼ)を十二指腸管腔へ放出して糖質、蛋白質および脂質の消化・吸収に関与する外分泌機能を有している。 このうち内分泌機能については、本書のなかの清野の綜説に述べられているので、本項では膵の外分泌機能と喫煙の関係について述べる。

膵外分泌機能は喫煙により抑制されるといわれているが1)、まだ十分に確定した知見は得られていない。したがって、ヒトで喫煙あるいは常習喫煙が膵外分泌機能にどのような影響を及ぼすかを明らかにする必要がある。膵外分泌機能検査には、表-1に示すような方法が一般に用いられている。なかでも井村、清野らは、50g 肉エキス摂取後の血漿パンクレアティックポリペプチド(PP)値の変動は、正常人での反応に比較して慢性膵炎患者では低下し、膵全摘患者では消失しており(図-1)、しかも血漿 PP の反応はセクレチン試験でみた総アミラーゼ排泄量および最高アミラーゼ濃度ともよく相関しているので、膵外分泌機能の良好な指標になると報告している4)32)

そこで井村、清野らは、健常男性 11 名を対象に、朝食摂取後の血漿 PP 値反応を両切ピース(ニコチン 2mg 含有)1本あるいはl-ニコチン 1.2mg 含有たばこ喫煙の有無で比較した。その結果、図-2に示すように、喫煙により血漿 PP 反応は低下し、特に食後 60 分以降にみられる血漿 PP 反応は非喫煙時に比較して有意に抑制されることを認めた32)。また健常男性非喫煙者 24 名、健常男性喫煙者 48 名に他の膵外分泌機能検査である PFD 試験3)を実施したところ、尿中 PABA 排泄率は喫煙者では 74.4±3%、非喫煙者群では 81.1±2.1% と喫煙者群で低値であったが統計学的に有意ではなかった。そこで、喫煙者を一日喫煙本数別(20 本/日以下と 20 本/日以上)および喫煙歴(10 年以下と 10 年以上)で分類してみると、表-2に示すように、喫煙本数/喫煙歴に比例して尿中 PABA 排泄率は低下し、特に喫煙歴の影響が大きかったことを報告している32)

一方、膵外分泌疾患の代表である慢性膵炎では同時に膵内分泌障害をも伴い、進行慢性膵炎ではインスリン分泌低下により糖尿病を発症することはよく知られている。また、一次性糖尿病も膵外分泌障害を高率に合併しており、健常者にくらべて PFD 試験での PABA 排泄率は有意に低値である5)

そこで井村、清野らは、膵外分泌に及ぼす喫煙の影響を明らかにするために、糖尿病患者 81 名で PFD 試験を実施したところ、糖尿病患者の PABA 排出率は 70.5±2.0% と健常人 79 名の 77.0±1.9% に比較して有意に低下していた。しかし、糖尿病患者を喫煙患者群、非喫煙患者群に分けてみても、両群間に PABA 排出率に有意差はなく、また一日喫煙本数別あるいは喫煙歴別に分類しても差はみられていない32)。したがって、糖尿病では、膵外分泌機能は糖尿病状態そのものにより低下しており、喫煙がそれをさらに増強するという効果はみられていない。ただし、さきに述べた血漿 PP 値は、糖尿病患者では基礎値および食事摂取後の反応値ともむしろ膵外分泌機能とは無関係に上昇するために、膵外分泌機能の指標にはならないので注意を要する4)

井村、清野らは、さらにラットの単離膵灌流系を用いた実験で、ニコチンを腹腔動脈から投与したところ、膵液量および膵液総蛋白量の基礎分泌には影響はみられなかったが、迷走神経電気刺激後の両量の増加反応は有意に抑制されたことを認めている32)。以上の実験成績をまとめると、喫煙はニコチンを介して食後の膵外分泌機能を抑制しており、長期喫煙者では膵外分泌機能が低下している可能性がある。ただし、小川6)も指摘しているように、喫煙者では非喫煙者に比較して有意にアルコール飲料類をたしなむ者の比率が高いので、アルコールによる膵外分泌機能低下の要因も十分に考慮する必要があろう。

喫煙とデヒドロエピアンドロステロン

副腎は皮質と髄質からなり、皮質からは各種のステロイドホルモン、髄質からはカテコラミンが分泌され、個体のホメオスタシスにそれぞれ重要な役割を果たしている。

副腎皮質で産生・分泌されるステロイドホルモンは、表-3に示すように、皮質外層の球状層からは鉱質コルチコイドであるアルドステロンが分泌され、中層の束状層からは糖質コルチコイドであるコルチゾールが、内層の網状層からは副腎性アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロンが分泌される。

アルドステロン、コルチゾールの生理的重要性は十分に明らかにされているが、デヒドロエピアンドロステロンについては、その血中濃度がコルチゾールの約 10 倍と最も高いのにもかかわらず、これまで、その役割が十分解明されておらず、ただ弱い男性ホルモンとしてのみ理解されてきた。ただし、デヒドロエピアンドロステロンの分泌は、アルドステロン、コルチゾールと異なり、男性、女性とも血漿中濃度は 20~25 歳で頂値になり、その後、加齢によりしだいに低下し、70 歳では頂値の 1/5 以下に低下する。そのため、本ホルモンは老化の指標、あるいは老化に伴う代謝異常に何らかの関与をしているホルモンとして注目されてきた7)

ところが最近、この副腎アンドロゲンは、表-4に示すように、ホルモン環境の相違によりきわめて多彩な生理的ないし病態的な作用をもつ注目すべきホルモンであることが明らかにされつつある8)-10)。今後、老齢者に低下したデヒドロエピアンドロステロンを補償し、老化に伴う代謝、神経系の異常や諸種の老年病の改善や予防を試みるべきであると提唱されている9)。実際に中・高年の男・女性にデヒドロエピアンドロステロン 50mg を経口投与した場合には、血漿インスリン様成長因子Iの上昇および身体的・心理的活力の増加をきたし、特に副作用はなかったと報告されている11)。逆に、男性喫煙者では、副腎皮質刺激ホルモンに対する血漿デヒドロエピアンドロステロン反応が男性非喫煙者にくらべて有意に高反応であり、これがインスリン抵抗性および高中性脂肪血症などの動脈硬化症促進の要因になり、本ホルモンはむしろ加齢変化に促進的に働いているとの指摘もされている12)。デヒドロエピアンドロステロンの作用については、用量別、性別、年齢別あるいは種族別に今後十分検討すべきであろう。したがって、中井ら33)-36)の喫煙のデヒドロエピアンドロステロン分泌に及ぼす影響についての研究は、たいへん時宜を得たものである。

一方、喫煙が下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌を促進し、副腎皮質ステロイド(特にコルチゾール)の分泌を増加させることはかなり以前から知られている13)。中井らは非喫煙者、少量喫煙者(1日 20 本未満)および大量喫煙者(1日 20 本以上)の血漿中コルチゾール、デヒドロエピアンドロステロン、デヒドロエピアンドロステロンサルフェート(デヒドロエピアンドロステロンの硫酸抱合体)を測定した。その結果、血漿コルチゾール値には喫煙の有無および加齢による影響は全くみられなかったが、血漿デヒドロエピアンドロステロン、デヒドロエピアンドロステロンサルフェート値は、少量喫煙者では非喫煙者に比較して高値であった反面、大量喫煙者ではむしろ低下していることを認めた(図-333)34)

大量喫煙者では非喫煙者および少量喫煙者に比較してむしろ血漿デヒドロエピアンドロステロン、デヒドロエピアンドロステロンサルフェートが低下していた理由として、ラット副腎初期培養細胞系に副腎皮質刺激ホルモンとインターロイキン-1あるいはインターロイキン-2を同時添加したところ、両インターロイキンの併用添加によりコルチコステロン(ラットの糖質ステロイド)分泌は増強されたが、デヒドロエピアンドロステロン分泌は副腎皮質刺激ホルモン単独投与の場合よりも低下したことを観察し、大量喫煙者では血漿サイトカイン値が高値となり、デヒドロエピアンドロステロンおよびそのサルフェート値が低下傾向を示したのであろうと推測している34)

しかしながら、その後の中井らの研究では、血漿サイトカイン(インターロイキン-1α、インターロイキン-1β、インターロイキン-6、腫瘍壊死因子-α)値には非喫煙者、少量喫煙者および大量喫煙者で差がみられておらず、この仮説は証明されていない35)

また、遺伝性肥満ラット、Zucker ラットにデヒドロエピアンドロステロンを経口投与すると、おそらくは視床下部セロトニン含量の上昇を介して摂食行動を抑制し、体重が減少することが報告されている14)。中井らは Zucker ラットでの肥満の病態と、これに対するデヒドロエピアンドロステロンの作用機構をさらに明らかにするため、Zucker ラットの視床下部-下垂体-副腎機能について検討した。その結果、Zucker ラットでは視床下部の副腎皮質刺激ホルモン放出因子の含量は低下していたが、血漿副腎皮質刺激ホルモン値、下垂体中副腎皮質刺激ホルモン前駆体メッセンジャーリボ核酸(POMC mRNA)量は、いずれも非肥満ラットに比較して高値であり、また Zucker ラットの下垂体前葉初期培養細胞からの副腎皮質刺激ホルモンの基礎分泌および副腎皮質刺激ホルモン放出因子を添加後の増加反応は、非肥満ラットのそれぞれに比較して有意に高反応であったことを認めている15)36)。したがって中井らは、 Zucker ラットではおそらく下垂体での糖質ステロイド受容体に異常(おそらくは機能低下?)があり、副腎皮質刺激ホルモンの分泌が亢進したことが肥満発症の一因であろうと推測している36)

デヒドロエピアンドロステロンの食欲ないし体重の調節機構の解明は、今後さらに検討すべき課題である。平成5年度の長村、中井らの実験では、光学顕微鏡および電子顕微鏡を用いた形態学的検討により、Zucker ラットでは肥満、副腎皮質の肥大に加えて、下垂体前葉における ACTH 産生細胞の増加と機能亢進を認めている37)。ただし、視床下部の副腎皮質刺激ホルモン放出因子の免疫組織化学では、Zucker ラットでは副腎皮質刺激ホルモン放出因子陽性の神経線維が視床下部正中隆起において下垂体門脈周囲に集束してみられたことから、むしろ視床下部副腎皮質刺激ホルモン放出因子ニューロンは機能亢進状態にあると推測している37)。この解釈は、視床下部副腎皮質刺激ホルモン放出因子含有量が低下していること15)36)、脳室内に副腎皮質刺激ホルモン放出因子を投与すると肥満が抑制されたとするこれまでの報告に矛盾するが、今後検討すべき問題点であろう。

老年期痴呆と喫煙ならびに甲状腺ホルモンとの関係

65 歳以上の老年者の痴呆の頻度は約 5% といわれており、その2大成因はアルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆であり、それぞれ約半数を占めている。しかしながら、老年期痴呆はこれら2大成因以外にも多くの神経疾患(パーキンソン病、進行性核上性麻痺、ハンチントン舞踏病、クロイツフェルト-ヤコブ病など)や、ほかの内科系疾患(甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症や、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群のような低ナトリウム血症を伴う疾患、あるいは低血糖症を伴う疾患など)でもみられる。

アルツハイマー型痴呆、脳血管性痴呆などはほとんどど不可逆性な病態で、確実な治療法はないのに対し、甲状腺機能低下症や低ナトリウム血症に伴う痴呆は、病因を明らかにして的確な治療を行えば痴呆の改善、消失をみる可逆性あるいは治療可能な病態である。

一方、高齢者の甲状腺機能に関しては、血中トリヨードサイロニン値が低下傾向で、血中甲状腺刺激ホルモン値は上昇傾向にあるという報告が多いが、その臨床的意義は必ずしも明らかではない17)-19)。最近、西川らは、あとで述べるように血中遊離トリヨードサイロニン値と知的水準とがよく相関し、特にこの傾向は脳血管性痴呆で明らかであったと報告している17)19)。一方、喫煙と甲状腺機能については、喫煙者では血中サイロキシンおよびトリヨードサイロニンの低下20)や、甲状腺腫の頻度の増加21)が報告されているが、その成因や病態的意義は明らかではない。

喫煙の、痴呆の成因としての意義については、現在明らかではない。ただし、脳血管性痴呆の原因となる脳血管障害(脳出血、脳梗塞やクモ膜下出血)の発症は、非喫煙者にくらべて喫煙者で多く、しかもその発症が1日喫煙本数に相関することが報告されている22)-24)。また、喫煙は急性効果としては一過性に脳血流を増加させるが22)、慢性効果としては脳動脈のアテローム硬化を促進するため、脳血流低下をきたすことが報告されており25)、喫煙は脳血管性痴呆発症の促進因子となる可能性がある。一方、喫煙とアルツハイマー病に関しては、最近、喫煙者で本病の発症が有意に少ないことがいくつかの研究室から報告され26)、その原因の解明が遺伝学的、薬理学的に進められている27)28)

稲田らは、70 歳以上の老年者 83 名を対象に、言語性検査項目よりなる長谷川型簡易知能テスト38)および生活行動スケールも加わり精神機能を因子別に評価できる西村式精神機能検査39)をそれぞれ用い、痴呆の程度と血中甲状腺ホルモン値との相関を検討した。その結果、長谷川式テストにより痴呆と判定された群では血中遊離トリヨードサイロニン、遊離サイロキシン値が有意に低値であり、アルツハイマー型痴呆に比較して脳血管型痴呆で特にこの傾向が強かったことを認めている17)19)38)。ただし、この傾向に関しては、血中甲状腺ホルモン値は栄養、体重、合併疾患の影響を受けるので、データの解釈に注意を要する。長谷川式テストに加えて西村式精神機能検査を同様に実施してみると、血中遊離トリヨードサイロニン値は基礎的了解および論理的記憶の評点とよく相関していたと報告している39)。ただし、喫煙習慣の有無と血中甲状腺ホルモン値あるいは西村式精神機能検査での得点には相関はなく、むしろ計算能は喫煙者でやや高い傾向がみられている39)。そこで、 54 名の高齢者で両テストを用いてさらに詳細に検討してみると、痴呆はむしろ非喫煙者に多く、全高齢者で評価すると、単純記憶や計算はむしろ喫煙者で高い傾向がみられたことから、喫煙は痴呆発症の危険因子にはならないと推論している40)

甲状腺で産生、放出される甲状腺ホルモン、サイロキシンおよびトリヨードサイロニンは、各組織に取り込まれたのち、サイロキシンは細胞内ミクロソーム分画にあるヨードサイロニン 5'-脱ヨード酵素(5'-D、図-4)の作用により、サイロキシンの4~5倍の活性をもつトリヨードサイロニンに転換され、核に作用する29)。そこで稲田らは、甲状腺ホルモンの脳機能への影響を明らかにするため、ラットの下垂体および脳内各部位のI型およびII型 5'-D 活性を測定した。その結果、メルカゾールを投与した甲状腺機能低下ラットでは、甲状腺機能正常ラットに比較してI型 5'-D 活性は低下傾向を示したが、II型 5'-D 活性は著明に上昇しており、さらに甲状腺機能低下ラットでは下垂体のII型 5'-D 活性はドパミン作動薬、ブロモクリプチンにより、また大脳皮質、海馬などのII型 5'-D 活性はニコチンにより刺激されることを認めた40)41)。したがって、ドパミンおよびニコチンは少なくとも甲状腺機能低下状態では脳内の特定部位の 5'-D 活性を促進し、甲状腺ホルモンの作用を受けやすくしている可能性が示唆された。

5'-D は脳、下垂体のみならず、肝臓、腎臓、甲状腺、心臓、そのほかの多くの臓器に存在することから、稲田らはラット培養甲状腺 FRTL-5 細胞を用いて 5'-D に及ぼすニコチンの影響を検討した41)。その結果、FRTL-5 細胞ではニコチンはトリヨードサイロニンによるサイクリック AMP 非依存性の 5'-D 活性増加を用量依存性に抑制したが、甲状腺刺激ホルモンによるサイクリック AMP 依存性の 5'-D 活性増加には影響しないことを認めた41)。また、ラット培養グリア細胞のI型、II型 5'-D は、ジブチリルサイクリック AMP および 8-ブロモ-サイクリック GMP 添加で活性化された42)43)。さらに、ラット培養グリア細胞では、5'-D 活性はニコチン添加によっても上昇し、ニコチンが中枢神経内のニコチン性アセチルコリン受容体を介して脳内で 5'-D 活性を促進している可能性が示唆された42)。そこで、さらに研究を進めた結果、このラット培養グリア細胞におけるI型、II型 5'-D 活性のニコチンによる上昇は、脳に特異的なニコチン受容体拮抗薬、メカミラミンの添加により抑制されたので、ニコチンは中枢特異的ニコチン性アセチルコリン受容体を介して作用することが明らかとなった43)

特に脳、下垂体などの限られた臓器にのみ存在するII型 5'-D 活性(プロピールチオウラシール非感受性)の役割の解明は、ニコチンの中枢神経内での作用を解明するうえに重要である。そこで稲田らは、脳細胞内でのトリヨードサイロニン供給に大きな寄与をしていると考えられるII型 5'-D 活性に対するニコチンの効果ついて、ラット培養グリア細胞のなかからオリゴデンドロサイトを分離除去し、星状細胞のみを取り出して検討した44)。その結果、星状細胞のII型 5'-D 活性も混合グリア細胞で得られた成績と同様に、ニコチン添加で活性化され、その活性化はメカミラミン添加で抑制された(図-544)。また、サイクリック GMP はラット培養混合グリア細胞では 5'-D 活性を刺激したが43)、サイクリック GMP をセカンドメッセンジャーとする心房性利尿ホルモンも星状細胞および混合グリア細胞の 5'-D を活性化した。したがって、本ペプチドホルモンが甲状腺ホルモンを介して脳機能に影響する可能性も考えられる44)

これまで、ニコチンの脳での機能を明らかにするためには、量が多く、処理が容易である脳内のグリア細胞を実験の対象としてきたが、最終的には神経細胞(オリゴデンドロサイトあるいは星状細胞)を対象とした研究が必要である。そこで稲田らは、ラット培養脳神経細胞を対象に、II型 5'-D 活性に及ぼすニコチンの影響を検討したところ、ラット培養脳神経細胞にもグリア細胞の約6倍という高いII型 5'-D 活性を認めたが、予想に反してニコチンの直接刺激効果は認められなかった(図-645)。混合グリア細胞および星状細胞では、ジブチリルサイクリック AMP、8-ブロモサイクリック GMP、環状ヌクレオチド分解阻害剤添加でII型 5'-D は同様に活性化されたことから、ニコチンは主に中枢特異的ニコチン性アセチルコリン受容体を介して、グリア細胞、特に星状細胞に作用することにより脳機能に関与している可能性が示唆された45)

喫煙における組織内サイクリック GMP増加および脳組織調節系への影響

喫煙は、たばこの煙中に大量に含まれている一酸化窒素(NO)により体内各組織の可溶型および膜型グアニルシクラーゼを活性化し、組織内でサイクリック GMP の著明な上昇をきたすことが知られている30)。しかしながら、このようにして生成されたサイクリック GMP がつぎにどのような機構で生体機能の調節系に関与しているのかについては、明らかではない。

伊藤らは、ウィスター系雄ラットの大脳皮質、肺、心筋、肝、腎組織の薄切片を in vitro で培養し、これに NO を遊離するニトロプルシドを添加してサイクリック GMP の生成反応を検討している。その結果、ニトロプルシド添加によりサイクリック GMP 生成が著明に増加し46) 、同時にコリン作動薬カルバコールおよびアドレナリンβ作動薬イソプロテレノールをこれに添加しても、サイクリック GMP 生成に影響しなかったことを認めている47)。また、ラットの脳(海馬)をホモゲナイズして作製したシナプトソーム分画の表面灌流実験では、ニトロプルシド添加によるグルタミン酸、アスパラギン酸およびγーアミノ酪酢の遊離はみられていない46)。一方、海馬切片を用いた灌流実験では、ニトロプルシドは 30 mM KCl によるサイクリック GMP 放出を促進したので、海馬では NO はシナプス前に作用するのではなく、構築された組織に作用して記憶などの生理機能に関与する可能性を示唆している47)

喫煙後は血漿中および尿中サイクリック AMP は有意に上昇するが、血漿中および尿中サイクリック GMP の上昇はほとんど認められない31)ので、喫煙後に組織内に増加したサイクリック GMP は組織内あるいはその近傍で効果を発揮しているものと推測される。

*1宮崎医科大学

文献

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研究年報

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43) 稲田満夫、西川光重、豊田長興ほか 老年期痴呆と喫煙並びに甲状腺ホルモンとの関係-ラット培養脳グリア細胞の TypeII5'-脱ヨード酵素(5'-D)へのニコチンの影響-. 平成3年度喫煙科学研究財団研究年報:373-378.
44) 稲田満夫、西川光重、権藤 純ほか 老年期痴呆と喫煙並びに甲状腺ホルモンとの関係-ラット培養脳 Astrocyte Type||ヨードサイロニン5'-脱ヨード酵素(5'-D)へのニコチンとナトリウム利尿ペプチドの影響-.平成4年度喫煙科学研究財団研究年報:385-391.
45) 稲田満夫、西川光重、権藤 純ほか 老年期痴呆と喫煙並びに甲状腺ホルモン代謝との関係-ラット培養脳細胞の TypeIIヨードサイロニン5'-脱ヨード酵素(5'-D)へのニコチン及び環状ヌクレオチドの影響-.平成5年度喫煙科学研究財団研究年報:436-441.
46) 伊藤忠雄、上崎善規、福本潤二 喫煙に伴う組織内サイクリックGMP増加の肺および組織調節系への影響.平成4年度喫煙科学研究財団研究年報:407-410.
47) 伊藤忠雄、上崎善規、福本潤二 喫煙に伴う組織内サイクリックGMP増加の肺および組織調節系への影響.平成5年度喫煙科学研究財団研究年報:464-468.