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ニコチン依存性の生理・薬理

柳田知司*1

はじめに

依存には、精神依存と身体依存がある。精神依存とは、ある薬物を摂取したいという欲求を強く抱いていることを特徴とする精神状態であり、これは薬物の中枢神経系作用を体験した結果起こる現象である。一方、身体依存とは、ある種の薬物を反復摂取した結果、からだが薬物の作用に適応し、薬物を切らすと退薬症候(いわゆる禁断症状)が出るようになった状態をいう。依存を起こす薬物の特性を依存性という。

本章では、ニコチンの依存性に関する最近10年間の研究のなかから、主として喫煙科学研究財団の研究助成金により行われた研究の成果を中心に展望する。これらの研究を大別すると、ニコチンの精神依存性に関する研究、身体依存性に関する研究、および精神毒性に関する研究の3研究に区分することができる。

ニコチンの精神依存性に関する研究

1) ニコチンの精神依存性に関する従来の知見

1964年に米国公衆衛生局総監の「喫煙と健康に関する報告書」1)が公表されて以来、たばこおよびニコチンの依存性に関心が寄せられるようになった。薬物の精神依存性は、その薬物にヒトや動物の薬物摂取行動を強化する効果の有無強弱が主な支配要因となっているが、ニコチンの強化効果に関する最初の動物実験は、柳田ら2)がミシガン大学で開発したサル薬物自己投与実験法を用いて行われた実験であり、1967年にDeneauおよびInoki3)によって報告されている。この研究でニコチンに強化効果があることが初めて報告された。1970年代に入ると強化効果に関する研究は活発になり、柳田ら4)のアカゲザルでの実験をはじめ、Langら5)のラットでの実験、Griffithsら6)のヒトでの実験が報告されており、1980年代には枚挙にいとまがないほどに多くの研究が活発に行われるにいたっている7)。これらの研究を通して、ニコチンに精神依存性があることの実験的裏付けが得られると同時に、しかし、その強さはモルヒネやコカインなどと比較すると明らかに弱いと考えられることが明らかにされた。表-1は、ニコチンの強化効果の強さを主な依存性薬物の強さと比較したもので、本章で触れる研究よりも前に柳田らがアカゲサルの実験で得た成績8)から抜粋したものである。

2) 喫煙科学研究財団助成研究として行われた精神依存性に関する研究の概要

ニコチンの精神依存性については、ニコチンの強化効果と静脈内注入速度との関係、およびニコチンの強化効果と用量との関係の2つの研究が行われている。その成果は、前者については1988から89年度の2年間にわたって行われた「喫煙の維持要因に関する研究」の報告書によって、後者は1990から93年の4年間にわたって行われた「ニコチンの用量-強化効果相関に関する研究」の報告書によって報告されている。

3) ニコチンの強化効果と静脈内注入速度との関係

たばこの喫煙においてニコチンは主に肺から吸収され左心室を通過して速やかに脳に移行する。一般に薬物により得られる好ましい自覚効果は、薬物の吸収速度に比例して強くなると考えられており、そのためヘロインやコカインは好んで静脈内や吸煙により摂取されている。そこで、柳田らはニコチンの強化効果についても同様なことがいえるかどうかを調べるため、ニコチンの注入速度を変えてアカゲザルでの静脈内自己投与の実験を行っている。その方法は、頸静脈内に慢性的にカテーテルを留置したサルを金属性のアームおよびハーネスによりケージに係留して、サルが24時間中いつでもケージ内パネルに設けられたレバーを5回押すとケージの外にある自動注入器が作動し、ニコチンがカテーテルを介してサルに注入される方法である。注入のつど15分間のタイムアウト(レバーを押しても無効な期間)が設けられ、このようにして毎日のニコチン摂取回数が観察された。ニコチンの単位用量は常に30μg/Kg、注入速度は 5.2、1.3、および0.3μg/seccの3通り、テストの順序は速度の早いものから、という条件でそれぞれの速度について、はじめは生理食塩液を1ないし2週間摂取させて摂取がいったん低下することを確認したあとに、8日間ニコチンの摂取が観察されている。注入速度の変換は薬液濃度を薄くしてその分だけ注入時間を延長させる方法によった。その結果、図-1にみられるとおり1日の摂取回数は、全頭で0.3μg/secのときよりも 1.3もしくは 5.2μg/secのときのほうが多く、また 3頭で1.3のときよりも 5.2μg/secのとのときのほうが多い傾向にあったという18)。柳田らは、これらの速度でニコチンが注入されたときの血中濃度を測定しており、最高血中濃度が注入速度に比例して高くなることから、注入速度が速くなるほど強化効果が強まる理由として、ニコチンが脳内により速くより多く到達する結果であろうと考察している。一般に薬物の脳内到達速度は静脈内投与よりは吸入によるほうが速い。それは吸入では肺循環に入るまでの時間が短縮されることによる。したがって、脳内到達速度という観点のみからいえば、ニコチンの静脈内投与よりはシガレットの喫煙によるほうが強化効果が強く出るはずである。しかし、サルにシガレットを自発喫煙させた結果では、喫煙行動の形成は静脈内ニコチン摂取行動の形成ほど容易ではなく9)、少なくともサルでは喫煙によるときのほうが静脈内によるときよりも強化効果が強くなるという事実はみられていない。この理由として、まず第1に、喫煙行動の学習がサルにとっては非常に難しいために、喫煙では強化効果を十分に発現するまでの用量のニコチンが摂取されなかったことが考えられ、第2に、静脈内摂取で得られる脳内到達速度以上の速度では速度の影響はあまりなくなり、それより最高血中濃度のほうが大きく影響することが考えられる。

4) ニコチンの強化効果と用量との関係

喫煙と健康の問題が社会の関心事となって以来、低タール低ニコチンシガレットが好まれるようになってきた。しかし、喫煙行動の維持には、たばこの煙のなかに含まれるニコチンによって得られる満足感に基づく強化効果が主役を果たしていると考えられており、ニコチン含量を限りなく低くすれば満足感が得られなくなり、強化効果は消失すると考えられる。事実、毎日喫煙しているサルにニコチンレスシガレットを与えると、喫煙行動は消失している9)。では、シガレット中のニコチン含量をどのくらい低くするとそのシガレットの強化効果は失われるであろうか。この問題の参考に資するため、サルにおけるニコチン静脈内自己投与の実験が柳田らにより行われ、ニコチンの摂取用量と強化効果との関係が調べられている19)-21)。1990年の研究では、まず、サルが5回レバーを押すと一定単位用量のニコチンが静脈内に注入され、注入後 30分間のタイムアウトを設けたスケジュール下で、4週間毎に単位用量を 40、20、10、5、2.5、1.25μg/Kgと順に下げて実験する群と10μg/Kgから順に上げる群とを設け、前者では強化効果がみられない単位用量に達したとき、後者では強化効果がみられる用量に達したときに、つぎにはその逆をたどって観察を続け、強化閾値用量が検索された。その結果、閾値用量は漸減方向でテストした場合が2.5ないし10μg/Kg、漸増方向でテストした場合が10ないし20μg/Kgという成績が得られている19)。現在米国では禁煙運動が活発で、政府関係機関の研究者からシガレット中のニコチン含量を規制して若年者に喫煙習慣を起こさせないようにするという案が出されているが10)、漸増方向のときのほうが漸減方向のときより強化閾値が高いということは、非常習者が喫煙によりはじめてニコチンの強化効果を得る用量は、喫煙常習者が低ニコチンシガレットに切換えてもなお強化が維持される用量に比較すると、はるかに大きいことを示唆しており、興味深い知見と思われる。

1991年から92年度にかけては、さらにニコチンの強化閾値用量がヘビースモーカーとライトスモーカーとでどう異なるかを探るために、ヘビースモーカーのモデルとして2頭のサルに単位用量80μg/Kgのニコチンを、また、ライトスモーカーのモデルとして2頭のサルに20μg/Kgのニコチンをそれぞれ4週間摂取させたあとに、いずれの場合も単位用量を10μg/Kgにして以後の毎日の摂取回数を観察している。その結果、最初の4週間の観察において80μg/Kgのサルは20μg/Kgのサルの約4倍用量のニコチンを毎日摂取したが、その後の10μg/Kgのニコチン摂取回数は両群のあいだでほとんど差がなく、いずれも先行する摂取期間中とほぼ同じ回数での摂取が維持されたという20)。このことは、高ニコチン含量のシガレットからそれより低いニコチン含量のシガレットに切換えても、そのシガレットのニコチン含量が著しく低い場合を除いては、毎日の消費本数にはそれほど大きな影響はないことを示唆している。

また、1992年から93年度にかけて行われた強化閾値用量に関する研究では、さらに実験スケジュールをヒトの喫煙状態に近づけた方法がとられている。すなわち柳田らは、ヒトでのシガレット喫煙にみられる強化の有無は、1回のパフごとに決まるのではなく1本の シガレットごとに決まると考えられることから、前年度までの方法の一部を変えてニコチン摂取の可能な時間帯をブロックごとに区切り、摂取が5回あったとき、または5回に至らなくても前回の摂取から5分を経過したときにそのセッションを終了とし、1時間のタイムアウトを設けた。このようにして 40、10、2.5、および0.6μg/Kgの単位用量について前年度同様にして、ただし1日実験時間を5時間に限定して実験し、摂取がみられた毎日のセッション数と5時間の摂取回数を調べた。強化閾値用量の判定に際しては、各セッションで1回のみしかみられなかった摂取は、これをタイムアウト完了に伴う条件づけられた探索摂取とみなして摂取回数から除外した。このようにして強化閾値用量を検索したところ、図-2にみられるとおり、漸増方向のテストでは10μg/Kg以上で、また漸減方向のテストでは2.5μg/Kg以上の用量で強化効果が認められたという21)。この成績は、本質的には前年度までの成績と同じであるが、この新しい方法によりさらに明確な数値が捉えられている。また、柳田らは、サルとヒトの血中濃度の比較から、強化効果が得られるシガレットのニコチン最低含量について考察を加えている。それによれば、サルに 10μg/Kgの ニコチンを単回投与したときの血中濃度は7.8±0.6 ng/mlなので、漸減強化閾値用量の2.5μg/Kgではその1/4の約2ng/mlになると仮定し、ヒトが朝マイルドセブンを1本喫煙したときの血中濃度の上昇は約10 ng/mlであると考えられることから11)、ヒトとサルとでニコチン感受性が同じと仮定すれば、マイルトセブンのニコチン含量の約 1/5が強化閾値用量と考えられる。マイルトセブンのニコチン含量は0.9mg/本とされているので、強化効果が維持される1本のシガレットの最低ニコチン含量は0.18mgと計算されている21)。この数値は奇しくも米国国立薬物乱用研究所のヘニングフィールド博士が今年になってヒトでの研究から新たな喫煙習慣を惹起しないニコチン上限含量として算出した0.17mgという数値10)に非常に近い。サルとヒトとの感受性の相違はもとより、サルから算出した上記数値にはいろいろな仮定が含まれていることを考えれば、これは全くの偶然に過ぎず、また、米国の数値にもいくつかの仮定が含まれているが、いずれにしても両者の数値にこのような接近がみられたことは本研究の妥当性を示唆するものであり、本法はニコチン量と強化効果の関係を解明する適切な実験モデルであるということができよう。

ニコチンの身体依存性に関する研究

1) ニコチンの身体依存性に関する従来の知見

 従来、1964年に米国公衆衛生局総監の「喫煙と健康に関する報告書」1)が公表されるまでは、ニコチンの身体依存性という問題はほとんど研究者の関心を惹かなかった。その後の研究でも身体依存性に関する研究は、精神依存性に関する研究ほど進まなかった。それは、ニコチンに身体依存性はないといわれていたため、あえて詳細な動物実験を試みる研究者がいなかったことによる。しかし、薬物依存の研究の歴史を顧みればわかるとおり、長いあいだ専門家のあいだに、薬物摂取の渇望が起こるのはその薬物に身体依存が形成されていて摂取を中断すると禁断症状(退薬症候)が起こるからであると信じられてきた8)。そのため、禁煙問題が起こると同時に禁煙の難しさが注目され、ニコチンの精神依存性に関心が持たれる一方で、特に臨床家のあいだに、モルヒネなどの場合と同様に禁煙が難しいのは身体依存が形成されるからであるとする見方が根強く維持され、喫煙者の身体依存に関心が寄せられるようになった。その結果、初期の研究成果としてUlettら12)やShiffman13)らの喫煙者の退薬症候に関する論文が発表されるようになった。1988年の米国公衆衛生局総監の「喫煙と健康に関する報告書」7)では、少なくともヒトではニコチンに対する身体依存がみられ、退薬症候がみられると明言されており、退薬症候として不安、焦燥、不眠、精神集中困難、徐脈、食欲亢進などの症候が挙げられている。

2) 喫煙科学研究財団助成研究として行われた身体依存性に関する研究の概要

ニコチンの身体依存性に関しては、柳田らが1986年から91年度にわたって行った「喫煙の維持要因に関する研究」のなかに、動物実験での結論的成果をみることができる。喫煙の維持要因としては、もちろんニコチンの精神依存性が重要であるが、ヒトでの研究からニコチンの身体依存もモルヒネやコデインなどの身体依存と同様に精神依存の増強因子として重要と考えられている7)13)。これをもう少しわかり易くいい表わすと、禁煙が難しいのはニコチンが切れると禁断症状(退薬症候)として喫煙への欲求が非常に強まるため、ということができる。しかし、従来ニコチンには身体依存性はないとされていた。では、はたしてニコチンには身体依存性が本当にあるのであろうか。もしあるとすれば、どの程度の強さであろうか。そうしてニコチンの身体依存は本当に精神依存を増強するであろうか。これらの問題に答えるためにこの研究が行われている。

その内容は、アカゲザルにおける研究とラットにおける研究とに分かれ、サルでの研究はさらに、ニコチンを十分な投薬条件で投与したあとに休薬させてサルの一般症候を指標に退薬症候を観察した実験22)、同様にして退薬症候をサルの学習行動を指標として観察した実験25)、およびサルの静脈内自己投与実験におけるレバー押し比率累進試験によってサルの薬物探索行動の強さを、十分な投薬条件のニコチン前処置を施した場合と生理食塩液で前処置した場合とで比較する実験24)の3つに分かれる。ラットでの研究は、ミニ浸透圧ポンプによりニコチンを一定期間持続皮下投与後一般症候を指標として退薬症候を観察した実験24)、自発運動を指標として観察した実験26)、学習行動を指標として観察した実験18)23)25)、および脳波を指標として観察した実験24)26)に分かれる。

3) アカゲザルにおける身体依存の実験

1.サルの一般症候を指標とした退薬症候観察

柳田らは、4頭のアカゲザルの静脈内にカテーテルを植え込み、0.25 mg/Kgのニコチンを1 時間おきに25日間強制投与し、投与第8、14、および21日にはメカミラミン0.25mg/Kgを皮下投与して、また、26日以降は生理食塩液を投与して退薬症候観察を行っている。その結果、メカミラミンの直接作用と思われる瞳孔散大や眼瞼下垂が散発的にみられたが、そのほかにはサルの一般症候にほとんど何らの変化も認められなかったと報告されている22)。 ニコチンをサルに静脈内投与すると、1mg/Kgはすでに痙攣誘発量となるので、0.25mg/Kgは1回最大耐量と考えられるが、これを1日に24回、1日用量にして6mg/Kgの大量を25日間投与してもみるべき退薬症候は認められなかったという事実は、モルヒネやバルビツール酸類、あるいはアルコールなどの場合と著しく異なる所見であり、ニコチンに身体依存性があるとしてもそれはきわめて弱いことを示唆するものと考えられる。

2.サルの学習行動を指標とした退薬症候観察

柳田らは、ラットの学習行動を指標とした退薬症候観察で、退薬症候とも解釈される変化を観察したことから、サルではより明らかな変化として捉えうる可能性を期待して、ランダムインターバル30秒(RI 30)の行動スケジュールによる実験を行っている。この実験では4頭のサルにレバーを押させ、平均30秒に1回餌ペレットを与えるスケジュールにより毎日30分間観察した。サルはこのスケジュールに習熟し、個体差はあるものの1分当り20ないし50回の安定したレバー押しを示した。これらのサルにニコチン0.25mg/kgを1時間おきに4週間静脈内投与したあとに休薬にして、その1、3、7、14、21および35日に RI 30 の観察を行った。その結果、休薬後のレバー押し回数に対照群に比較して有意な増減は認められなかったと報告している26)。これにより、後述のラットでみられた 行動変化がニコチンの身体依存に基づく変化ではないことが示唆されている。

3.サルのニコチン探索行動に及ぼす身体依存の影響に関する実験

柳田らは、一般に信じられているとおり、はたしてニコチンに身体依存が形成されると喫煙の欲求は増強されるかという問題を直接究明するために、アカゲザルのニコチン静脈内自己投与実験において、十分な投薬条件でニコチン前処置を行ったサルと生理食塩液で前処置を行ったサルについて、レバー押し比率累進試験により、ニコチン探索行動の強さを比較している。レバー押し比率累進試験は、サルに単位用量0.25mg/Kgのニコチンを摂取させ、そのとき1回の摂取に必要なレバー押し回数を最初100からスタートしてニコチンを摂取するごとに摂取に必要なレバー押し回数を累進的に増やし、サルがどのくらいの比率に達するまでニコチンを追い求めるかを観察し、これによりサルのニコチン欲求の強さを探る試験である。この実験では4頭のサルを用い、サルにあらかじめニコチン0.25mg/Kgを1時間おきに4週間静脈内に強制投与したときと生理食塩液で同様に前処置したときとをクロスオーバーデザインで試験し、それぞれの条件下で得られたレバー押し回数対摂取の最終比を比較している。その結果、図-3にみられるとおり、ニコチン前処置を施したときのほうが最終比は小さくなる傾向にあり、ニコチンの前処置によりサルの欲求が増強するという成績は得られなかった19)。このことは、ニコチンは身体依存を形成しないか、もしくはニコチンはモルヒネやコデインなどとは異なり、その身体依存の形成は精神依存を増強しないことを示す。

4) ラットにおける身体依存の実験

1.ラットの一般症候を指標とする退薬症候観察

柳田らは、Jcl:SD ラットを用い、皮下にミニ浸透圧ポンプを植え込んで一定期間持続投与したあとにポンプを外し、ラットの一般症候を指標として退薬症候を観察している。ニコチンの投薬条件は研究年度により種々の条件が試みられているが、それらをまとめると投与量は1、4、8、または 16 mg/rat/day、投与期間は3日ないし30日間であった。その結果、8mg投与の6日目にメカミラミンを投与した例では陰茎勃起、洗顔様行動、および全身の筋攣縮が観察されたという22)。しかし、8mgを30日間投与したあと 1週間の退薬症候観察では、ニコチンの反跳現象と思われる摂餌亢進や跳躍が散発的にみられるのみで、陰茎勃起や洗顔様行動などは対照群にもみられており24)、これらが身体依存に基づく変化であるか否か明らかではなかったとされている。

2.ラットの自発運動を指標とする退薬症候観察

柳田らは、1.と同様な方法によりニコチン8mg/rat/dayを2週間皮下持続投与し、投与前および休薬第1、3、7、14、21、および28日に自発運動量測定装置を用いてラットの運動量を測定している。その結果、対照の生理食塩液を投与した群の運動量に比較してニコチン投与群の運動量は休薬第14日では有意に大きかったが、その後対照群の運動量も増大したため両群間の差はみられなくなったという26)。したがって、第14日の差が退薬症候としての差であるか、あるいは偶発的に生じた差であるかは明らかではない。

3.ラットの学習行動を指標とする退薬症候観察

柳田らは、ラットの学習行動を指標とする退薬症候の観察で以下の3種類の行動スケジュールによる実験を行っている。

a) RI 30餌強化スケジュールによる実験

Jcl:SD ラットを餌強化 RI 30のスケジュールで学習させたあとに、1.と同様な方法によりニコチン1および4mg/rat/dayを7日間皮下持続投与して、休薬第1、3、7、10、14、17、および21日に30分間のレバー押し反応数を観察している。その結果、4mg投与群のレバー押し回数は対照群および1mg投与群に比較して休薬第1日より高く、しかし、休薬第21日でも回復せず、なお他の群より高かったという23)。したがって、これが退薬症候に基づく変化か否か明らかではないが、報告書のなかでは身体依存に基づく変化である可能性は否定できないとされていた。しかし、この翌年に同様な方法によりさらにニコチン2mg/rat/dayを単回投与した群と4mg/rat/dayをそれぞれ1週間および4週間持続投与して休薬にした群とを設け、いずれの群も休薬第1、3、および7日に反応数を観察する実験を行って、はたしてニコチン投与後の反応数の増加が持続投与後にのみみられる変化か否かが検討されている24)。その結果、反応数はニコチンの投与期間に無関係であることが確認されるにいたり、この反応数の増加が身体依存に基づく変化である可能性は否定された。

b) DRL 20餌強化スケジュールによる実験

ラットの RI 30の実験では退薬症候を捉えることが出来なかったので、つぎに、低率差別強化 20秒(DRL 20)の行動スケジュールによる退薬症候の観察が試みられた。このスケジュールは、ラットがレバーを押して餌を摂ったあと20秒以上を経過してからレバーを押さないと、つぎの餌が与えられないだけでなく、タイマーが0秒にリセットされてしまうスケジュールである。これに習熟した動物は、反応間時間の分布曲線が20秒を少し過ぎた時点にピークを有するレバー押しをするようになる。あらかじめこのスケジュールを学習したラットに、これまでと同様にミニ浸透圧ポンプを用いてニコチン4mg/rat/dayを1または7日間持続投与し、休薬第1、3、7、14、21、28日に60分間の DRL 20テストを行った。その結果、RI 30の場合と同様に反応数は増加の傾向にあったが、ニコチンの身体依存に基づく変化というよりは反跳現象である可能性が大きいと考えられた18)

c) Sidman型回避反応スケジュールによる実験

動物が一定時間レバーを押さないでいると身体の一部に電気刺激が加えられる実験スケジュールをSidman型回避反応という。ここではラットが20秒間レバーを押さないと床グリッドを介して足に通電される条件で実験が行われている。この反応が訓練されたラットに他の実験と同様ミニ浸透圧ポンプを使ってニコチン8 mg/rat/dayを2週間持続投与し、休薬第1、3、8、14、21、28、35、および42日に60分間のSidman型回避反応のテストを行った。その結果、反応数ではニコチン投与群と生理食塩液持続投与群とのあいだに明らかな差はなかったが、通電回数は休薬第3日にのみニコチン群で減少がみられたと報告され、これが退薬症候の一つである可能性が示唆されている25)。しかし、一過性の変化であるため、これがニコチンの退薬症候に基づく変化かそれとも反跳現象によるものか明らかではなかったとされている。

4.ラットの脳波を指標とする退薬症候観察

ニコチンの退薬症候がヒトの脳波で観察されたと報告されている12)。そこで、柳田らは退薬症候をラットの脳波で捉えることを試みた。この研究は1986年から91年度にかけて行われている。この間に各種のニコチン投薬条件による脳波の変化が調べられ、ある一定の投薬条件を満たしたあとのメカミラミン投与でのみ特定の脳波の変化が出現することから、この変化が明らかにニコチンの身体依存に基づく変化であることが確認されている22)。すなわち、他のラットの身体依存に関する実験と同様にミニ浸透圧ポンプを用いてニコチン8mg/rat/dayを2週間ラットの皮下に持続投与し、そのあとにメカミラミンを投与すると、図-4にみられるとおり、メカミラミン投与前に比較して知覚野および運動野のβ波成分は有意に減少し、運動野のα成分は有意に増加した。ヒトではα成分の増加が禁煙時の主な退薬症候とされているが12)、ラットではα波の増加よりβ波の減少のほうが明らかな変化であったと報告されている23)。このような変化はニコチンやメカミラミンの単回投与では認めらず、また、1mg/rat/dayの2週間投与でも認められていない。そこでβ波の減少が起こるニコチンの投薬条件が検索された。その結果、表-2に示すとおり8mg/rat/dayでは1週間の投与ではみられず2週間の投与でみられ、4mg/rat/dayでは2週間でみられず4週間でみられ、1mg/rat/dayでは4週間でもみられなかったという18)23)24)。これらのことから、ニコチン前処置後のメカミラミン投与により起こるβ波の減少はニコチンの身体依存に基づく変化と考えられた。しかし、8mg/rat/dayを2週間投与したあとの自然休薬ではこのような変化は認められないことから、β波の減少はきわめて微弱な退薬症候であろうと考察されている26)

5) ニコチンの身体依存性に関する研究のまとめ

以上ニコチンの身体依存に関する知見を要約すると以下のとおりとなろう。

(1) アカゲザルにニコチンを投与可能な最大耐量で4週間投与しても、サルの一般症状もしくは学習運動(RI 30)を指標とした退薬症候観察で、ニコチンの身体依存に基づくと思われる変化は全く認められなかった。

(2) アカゲザルのニコチン探索行動の強さは、あらかじめ最大耐量のニコチンで4週間前処置したときのほうが、生理食塩液で前処置したときよりもむしろ弱くなり、モルヒネやコデインの実験でみられるような増強は認められなかった。

(3) ラットの一般症候、自発運動量、および各種の学習行動を指標としたニコチン退薬症候の観察において、一部の実験でメカミラミン投与時に軽度の退薬症候と思われる変化が認められたが、これらの変化はニコチンの身体依存に基づくというよりも、ニコチンの反跳現象によると考えるほうが妥当な変化であった。

(4) ラットの脳波を指標とする退薬症候の観察では、一定の投薬条件でのニコチン持続投与を行ったあとにメカミラミンを投与することにより、身体依存に基づくと考えられる変化が認められたが、これらの変化は自然休薬では認められなかった。

 柳田らは、以上の結果を総合的に評価して、ニコチンの身体依存は、たとえ形成されるとしても質的量的に他の薬物とは異なり、それは他覚的に観察することがきわめて困難であるほどに非常に弱く、したがって喫煙の維持要因とはなり得ないと結論している26)

ニコチンの精神毒性に関する研究

1) ニコチンの精神毒性に関する従来の知見

ニコチンは依存性薬物のなかで精神毒性がない唯一の物質である。このことは、自動車の運転など高度の注意力を要する作業に喫煙が障害にならないという事実からも容易に理解できようが、実験的にもニコチンを静脈内に自由無制限に摂取させ、あるいはシガレットとして自由に喫煙させても、急性的にも慢性的にも異常な行動や精神症状はみられないことが確認されている14)

一方、わが国をはじめ世界的に乱用されている覚せい剤に関しては、分裂病様症状を呈する覚せい剤精神病が医学的社会的に大きな問題になっており、近年覚せい剤の精神毒性発現機序に関する研究はわが国や諸外国において著しい進展をみせている。これらの研究の結果、現在のところ、覚せい剤の精神毒性の発現には側坐核や線条体などを含む脳内ドパミン神経系が関与しており、これらの神経系の過剰な機能亢進が主な原因と考えられている15)16)。さきにニコチンの精神依存性について述べたが、ニコチンの強化効果発現機序にもこれらドパミン神経系の機能亢進が考えられており17)、しからば、両薬物の作用機序にどのような相違があるのか、その辺が問題となる。

2) 喫煙科学研究財団助成研究として行われた精神毒性に関する研究の概要

ニコチンの精神毒性に関する研究は、柳田らによって1992年度から開始され、現在まで継続して研究されている27)28)。その方法は、ニコチンの脳内ドパミン神経系機能に及ぼす影響を、精神毒性が強いアンフェタミンやコカインの影響と神経化学的に追跡比較して、両者の相違を探ることによるもので、これによりニコチンにはなぜ精神毒性がないかということの生物学的基盤を明らかにすることが試みられている。

3) ラットにおける脳内ドパミン神経機能に及ぼす影響の観察

柳田らは、ラットの側坐核あるいは線条体にプローブを植え込み、ニコチン、メタンフェタミン、およびコカインを全身投与したときの細胞外液中のドパミンおよびその代謝物のDOPACの濃度を脳内微量透析法により測定し、ニコチンのこれらの物質の濃度に及ぼす影響を興奮薬のそれと比較している27)28)。その結果、表-3にみられるごとく、正常ラットでは側坐核のドパミン濃度はメタンフェタミンやコカインで上昇したがニコチンではほとんど上昇せず、また、DOPACはこれらの興奮薬では低下したがニコチンではむしろ上昇傾向にあることが認められた。また、線条体でもドパミン濃度はメタンフェタミンで上昇したがニコチンではほとんど上昇せず、DOPACはメタンフェタミンで低下しニコチンで上昇の傾向にあったという。さらに、これらの薬物を反復投与したところ、ニコチンでもメタンフェタミンなどと同様に自発運動増加作用に対する増感現象が観察されているが、増感動物ではニコチン投与で側坐核のドパミンの上昇が認められたほかに、正常動物でみられたドパミンおよびDOPACの上昇傾向はさらに明確になったと報告されている28)。メタンフェタミンの影響を正常動物と増感動物とで比較すると、増感動物ではドパミンの増加はさらに強められ、DOPACの低下は正常動物と同様であった。したがって、ニコチンとこれらの興奮薬との作用態度の相違点としては、ニコチンでは両核におけるドパミンの上昇がないか、あるいはあっても非常に弱いこと、およびDOPACが興奮薬の場合のようには低下せず反対に増加することの2点が挙げられよう。このことが、精神毒性の有無とどのようにかかわっているか現在のところ明らかではないが、ニコチンの作用機序が興奮薬とは異なることを示しており、精神毒性の発現機序を解明する有力な手がかりの一つになると考えられる。

なお、柳田らは、メタンフェタミンの反復投与によりみられる自発運動増加作用に対する増感現象が覚せい剤の精神毒性に基づくとされていることに対し、精神毒性がないニコチンでも同様な現象がみられることから、このような見方に疑問を提起している28)

おわりに

以上、ニコチンの依存性に関するわが国の研究の最近10年間の進歩を、喫煙科学研究財団による助成研究の成果を中心に紹介した。これらの成果を要約すると、(1) ニコチンには精神依存性があるが、その強さはモルヒネやコカインなどの主要依存性薬物に比較すると明らかに弱いこと、(2) ニコチンの精神依存性にはある程度他の依存性薬物と共通する特性がみられること、(3) ニコチンの身体依存性はきわめて弱く、それに基づく精神依存の増強は認められないこと、(4) ニコチンは依存性薬物のなかで精神毒性を持たない唯一の物質であるが、その生物学的基盤の解明の端緒が開かれたこと、の4点に集約することがで きよう。

わが国ではニコチンの依存性に関して動物実験によるまとまった研究は、ここで紹介したものを除いてはあまり見当らないようである。しかし、諸外国では喫煙問題が大きな社会的問題となっていることと相まって、この種の研究は非常に活発に進められており、特に、薬物依存の分子薬理学的および遺伝生物学的観点からの研究の進歩はめざましいものがある。ニコチンの依存性についても、今後このような観点からの研究が強力に推進されるものと思われる。

*1(財)実験動物中央研究所 前臨床研究部

文献

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研究年報

18) 柳田知司、高田孝ニ、若狭芳男ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.平成元年度喫煙科学研究財団研究年報:416-423.
19) 柳田知司、若狭芳男 ニコチンの用量-強化効果相関に関する研究.平成2年度喫煙科学研究財団研究年報:447-451.
20) 柳田知司、若狭芳男 ニコチンの用量-強化効果相関に関する研究.平成4年度喫煙科学研究財団研究年報:524-529.
21) 柳田知司、若狭芳男 ニコチンの用量-強化効果相関に関する研究.平成5年度喫煙科学研究財団研究年報:701-705.
22) 柳田知司、高田孝ニ、若狭芳男ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.昭和61年度喫煙科学研究財団研究年報:551-557.
23) 柳田知司、島田 瞭、若狭芳男ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.昭和62年度喫煙科学研究財団研究年報:511-520.
24) 柳田知司、島田 瞭、高田孝二ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.昭和63年度喫煙科学研究財団研究年報:726-734.
25) 柳田知司、高田孝二、島田 瞭ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.平成2年度喫煙科学研究財団研究年報:436-441.
26) 柳田知司、高田孝二、島田 瞭ほか 喫煙の維持要因に関する精神薬理学的研究.平成3年度喫煙科学研究財団研究年報:431-435.
27) 柳田知司、宮田久嗣、津田敏治 精神毒性に関する主要依存性薬物とニコチンの比較の研究.平成4年度喫煙科学研究財団研究年報:518-523.
28) 柳田知司、島田 瞭、高田孝二ほか 精神毒性に関する主要依存性薬物とニコチンの比較の研究.平成5年度喫煙科学研究財団研究年報:693-700.